第20話 共に生きる

「瞬、起きろ」

ベットで横たわっている瞬に声をかけながら、俺は身支度をする。

目を擦りながら、ゆっくり起きる瞬は俺を見ながらおはようと答えた。

「もう、仕事の時間ですか?」

「いや、休んだ」

「えっ!?」

「お前と行きたい所があってな。やっさんに連絡したら、急ぎの現場じゃないから大丈夫だって許可貰った」

「・・・どこに行くんですか?」

心配そうに俺を見つめる瞬の頭を撫でる仕草をしながら、俺はふふッと笑う。

「俺があの日行きたかった場所だ」

そう言うと、リュックを背負って瞬に行こうと促す。

瞬は戸惑いながらも小さく頷いて、一緒に部屋を出た。



「わぁ・・・見晴らしいいですね」

目の前に広がる街並みを見下ろしながら、瞬が目を輝かせながらそう呟く。

ここは少し街外れの高台だ。

俺はここに来るのが好きだった。あの日も、この高台から雪景色の街並みを見たくてバイクを走らせた。

はしゃぐ瞬を見つめながら、俺は目を細める。

「俺、あの日以来ここに来てなかったんだ」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ。何となく遠のいちゃって・・・」

俺はそういいながら近くのベンチに腰を下ろし、隣をトントンと叩く。

おずおずと隣に腰かける瞬の頭にそっとキスをすると、驚いた表情で頭を抑えながら瞬が俺を見上げる。

俺は瞬に微笑みながら、ゆっくりと口を開く。


「瞬・・・俺、昨日の夜色々考えたんだ」

「・・・・知ってます」

「なんだ?狸寝入りしてたのか?」

「なんとなく・・・寝たふりしてる方がいいのかなと・・・昨日の母の話ですよね?」

「なんだ、それも聞いていたのか?」

「・・・・ごめんなさい」

身を縮こませて小さく謝る瞬に、俺はこっちを見ろと伝えると、ゆっくりと顔をあげる。

その顔には不安が現れていた。

俺は優しく微笑みながら、瞬の手に自分の手を重ねる。

「正直、俺は瞬と触れ合いたい。瞬に俺の温もりを感じて欲しいし、俺も感じたい。眠ったままの瞬ではなくて、俺を見つめて、俺の温もりを感じて、微笑む瞬が見たい」

「・・・・・」

「だが、瞬に変なプレッシャーは感じて欲しくない。お前が戻れない事を責めるつもりもないし、どんな形でも俺の側にいてくれる事に感謝してる。でも、このまま体から抜けた状態がいいとは思っていない。きっとそれは、瞬にとっても良くないんじゃ無いかと思ってる」

目を潤ませながら黙ったまま俺を見つめる瞬に、俺はそっとキスをする。

「瞬・・・まだ、生きるのが怖いか?」

「・・・・えっ?」

「お前は生きている間、ずっと辛い思いをしてきた。だから、一度は生きる事を諦めた。きっとそれが、体から離れた原因だ。戻りたいと後悔しても、心のどこかで、また辛い思いをするんじゃないかって思ってないか?」

「それは・・・」

「瞬、今は俺がいる。どんな時もお前の側にいて、お前を守ってやる。だから、俺を信じて生きてみないか?」

「・・・・・」

「言っただろ?俺は心底お前に惚れてる。この気持ちはこの先も絶対揺るがない自信がある。目にみえる形でそれを保証する事はできないけど、俺を信じてくれないか?瞬、お前を愛しているんだ。お前と一緒に生きていきたい。時々は喧嘩しながら、それでも互いに笑って、抱きしめ合って、お互いの温もりを感じながら生きていきたいんだ。瞬、心からお前を愛している」

そう言って抱きしめると、瞬は涙を溢した。

「僕・・・生きていいの?」

「当たり前だ。俺が幸せにしてやる。瞬を沢山愛してやる。だから、俺と生きてくれ」

「うん・・・うん・・・僕も健志さんが好き。健志さんと生きたい」

「あぁ・・生きていこう。瞬、愛してる」

俺達はしばらくの間、触れ合えない体を寄せ合いながら、抱きしめ合った。



「落ち着いたか?」

「うん・・・」

鼻を啜りながら小さく頷く瞬に帰ろうと手を差し伸べる。

瞬はニコリと微笑みながら、その手をとる仕草をして席を立つ。

ゆっくりと歩き出した瞬間、瞬が俺の名前を呼ぶ。

その声に促されるように瞬へと視線を向けると、瞬は立ち止まったまま自分の掌を見つめていた。

その姿は次第に薄くなり、不安そうに俺を見つめる瞬に俺は駆け寄る。

だが、伸ばした手を繋ぐ事も、言葉を発する事もないまま、瞬は目の前から消えた。

慌てて病室へ向かうも、瞬が目覚めている事はなく、ただ瞬の姿が消えただけだった。

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