第19話 先の不安

あれから心無しか瞬の母親は、何かを考えるように黙ったままその日は別れた。

それから数日後の見舞い日に、話があると声をかけられた。

内心、反対しているのでは無いかと気が気ではなかった。

瞬は待っててと声をかけ、俺と母親は部屋を出て、中庭へと向かった。

ずっと無言のまま、前を歩く母親に不安からか鼓動が激しくなり続ける。

ゆっくりとベンチに腰を下ろしと、しばらく沈黙が続いた後、俺へと体を向け、真っ直ぐに視線を向ける。


「健志くん・・・いつもありがとうね。私、心から感謝しているのよ」

唐突なお礼に、俺の鼓動は更に早くなる。

「い、いいえ・・・当然の事だと思ってます」

俺の吃った返事に、母親はふふっと笑みを溢す。

「実を言うとね、ずっと不思議だったのよ」

「不思議・・・ですか?」

「えぇ。初めて瞬に会った時はあんなに青ざめてたのに、しばらくしてから、瞬の事を愛おしそうに撫でる貴方の姿が不思議だったの。まるで、昔から知ってるかのような、そうね・・・恋人に向けるような眼差しと微笑む姿が・・・」

その言葉に俺はハッとする。

はたから見るとそんな風に見えていたのかという少しの恥ずかしさと、俺はちゃんと笑えていたのかという事実に、ほんのり心が温かくなった。

「この前の話で、全てが納得いったわ。貴方が本当に瞬の事を大切に想っているんだと、全てが繋がった気がしたの。正直、まだ、どうしたらいいのかわからないの」

「・・・戸惑うのは、当然の感情です。今の状態が状態ですし、何より俺は加害者で、男です・・・」

俺の言葉に、母親は違うのよと小さく呟き、膝の上に置かれた俺の手をそっと握る。

「言ったわよね。だいぶ前から、貴方の事は許していたって・・・それに、瞬が望んでいるのなら、私は反対しないわ。だって、こんなに瞬の事を想ってくれるなんてありがたい事だもの。でもね・・・現状、瞬は目覚めていない。貴方はそれでも焦らずに瞬の側にいて、見守ると言ってくれたけど、いつ目覚めるのかわからないこの現状が、本当に2人にとっていいのか、わからないの」

眉を顰め、心底心配しているような表情を浮かべる母親の顔を見ながら、俺は言葉を返せずにいた。

「この状態が何年続くかわからない。それに、瞬にとっても戻れずにいる状態が良くないのでは無いかと思えてね・・・もしかしたら、目覚めずに突然・・・消えてしまうかもしれない・・・そう思うと、残される貴方が心配なの。何年かかるかもわからない月日を・・・貴方の時間を瞬に執着させたまま、もしもの事があったら・・・きっと、貴方は壊れてしまうわ。何より、私も主人を亡くしているから、気配を感じられても触れられない寂しさは誰よりも知ってるつもりよ。

愛しているからこそ、相手のぬくもりに触れたいと思うのは当然の事で、その温もりが2人の関係を深めていくの。それが出来ないまま過ごして、結局・・・」

言葉を詰まらせ、目に涙を浮かべる母親を俺はそっと抱きしめる。

「大丈夫です。きっと目覚めます。それと、俺は瞬へ向ける時間が無駄だとも、勿体無いとも思いません。俺は、きっと瞬は目覚めてくれると信じてます。俺、こんなに心底惚れたのは初めてです。瞬が愛おしくてたまらないんです。

俺も方法を探します・・・瞬が目覚める方法を・・・だから、お母さんは俺と瞬を信じて待っててください」

そう言葉をかけると、母親は小さく鼻を啜りながらそうねと答えた。



その日の夜、隣で寝ている瞬を見つめながら、今日は母親が言っていた事を思い出す。

確かに、このまま瞬の魂が彷徨っているのは良くないかもしれない。

昔聞いたホラー話がふと脳裏に浮かぶ。

成仏できない魂はずっとそこに止まり続け、次第に自分の事を忘れ、ただの悪霊となる・・・そんなどこぞのアニメみたいな話・・・それに、幽霊は精気だか、エネルギーだかを吸わないと消滅する・・・そんな陳腐な話ばかりが浮かぶ。

そもそも瞬は幽霊の部類に入るのか・・・そんな疑問すら湧いてくる。

ただ、本当にこの状態は良くないのではと思えてくる。

きっと、俺がこのままでもいいと言ったせいで、瞬もどこかで甘えているのかもしれない。

でも、プレッシャーは与えたくない。

だけど・・・正直言えば、本当は瞬に触れたくてたまらない。

こんなに存在を感じているのに、手を重ねる事もできない。

俺はそう思いながら、触れもしない瞬の髪を撫でる。

体があるから、瞬の温もりもこの髪の手触りも感じられる。でも、それは本当の触れ合いじゃない。

実際、瞬は俺の温もりを感じる事はできない。

こんなに瞬の事を想うと、顔も体も熱を帯びるのに、瞬には届かない。

どんなに言葉にしても、触れれないもどかしさが、不安を残す。

互いに想い合っていると、信じているのにどこか確信が持てない。

きっとそれは瞬も感じているのかもしれない。

ふと瞬のある言葉を思い出す。

その言葉を頭の中で繰り返していると、パズルのピースがカチリとハマった音がした。

もしかしたら・・・・

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