第17話 あるがままを受け入れる

家の鍵を開け、暗い部屋に灯りを灯し入るが、瞬はなかなか入ってこない。

俺は小さくため息を吐いて、瞬を見ながらまたにこりと笑う。

「瞬、おかえり」

そう言う俺に、少し困った顔で瞬もにこりと笑うと、ただいまと言って部屋に入ってくる。

俺は乱暴に荷物を置き、靴下をぽいぽいっと脱ぎ捨てる。

今までした事ない俺の行動に、瞬はオロオロと戸惑う。

「あー・・・安心したら凄く眠くなった」

俺はその足でそのままベットへと上がり、隣をトントンと叩く。

瞬はオドオドしながら、隣へ来るとゆっくりと寝そべった。

そっと手を重ねる俺に、瞬はやっと笑みを溢す。

俺は瞬のおでこにキスをすると、にこりと笑った。

「もうどこにも行くな。お前のせいで俺はすっかり寂しがり屋になった。責任とってずっと俺の側にいろ。このまま体に戻れなくても、俺が今のお前もお前の体も守ってやる。だから、ずっと俺のそばにいろ」

「建志さん・・・」

「罪を償うとかじゃない。俺はお前に心底惚れているんだ。離れてみてつくづく思った。お前を心の底から愛してる」

俺の言葉に嬉しそうにはにかみながら、瞬はそっと俺の胸に顔を寄せる。

俺も触れもしない瞬の体に腕を回し、抱きしめた。

そして、もう二度と間違えない。絶対に手放さないと心に誓った。


「お前、今までどこにいたんだ?」

「・・・きっと、建志さんは探すだろうと思って、少し遠くへ行ってました」

「そうだよ。俺はあの日からずっとお前を探してた。お前の体とお前のお母さんんを見守りながら、ずっと探してた。おかげですっかり仲良くなったよ」

「・・・ごめんなさい。母さんまで見させて・・・」

謝る瞬に俺は、指で瞬のおでこを弾く。

「当たり前だろ。大好きなお前の母さんだ。それに・・・一緒にいる事で、俺もお前のお母さんも救われてるんだ。今まで俺もお母さんも孤独に生きていたんだ。今は互いを支え合っている。だから、今度はお前を救いたい」

「・・・ありがと・・・」

「それで、どこにいたんだ?」

「・・・・最初は当ても無くただ遠くをフラフラと漂っていました。でも、やっぱり建志さんが恋しくて、あの海辺に時々行ってました」

「なんだよ・・・俺も何度も言ったんだぞ?」

「・・・・それから、今まで行けなかった所にも行きました」

「行けなかった所・・・・?」

「・・・学校です。僕にとっては怖くて辛い場所だった。だから、事故があった日からずっと避けてきたんです。だけど、僕は向き合わなきゃいけないと思って、勇気を出して行ったんです。当たり前だけど、見知らぬ生徒達や先生達を見て不思議と何も感じなかったんです。

校舎も回ったんです。無視されたり酷い言葉を投げかけられた教室、殴られた校舎裏、全部回ったんです。でも、怖いと・・・辛いと思っていたその場所を見ても何も感じなかったんです」

「・・・・・」

「それから、事故の現場にも行ってきました」

「そうか・・・」

「僕・・・母さんにも建志さんにも申し訳なくて、あの場所に行けなかったんです。でも、あの事故がなければ建志さんには出会えなかった。互いに・・・僕は母さんまで巻き込んで孤独と悲しみの沼に引きづり込んでしまったけど、僕、建志さんと一緒に過ごして確かに幸せだったんです。それと同時に諦めてしまった体に戻りたいと強く願っていたんです」

「俺も・・・俺もお前と過ごした時間は幸せだった。出会った頃から、俺の心の中で雫がポチャんと落ちる音がずっとしていたんだ。最初はそれが何なのかわからなかった。

だけど、だんだんその音と一緒に俺の心臓が反応するんだ。一緒に音を立てて奏でるんだよ。だから、わかったんだ。お前が好きなんだと・・・でも、心のどこかで、もしかしたらと思っていた疑念が確信となった時、俺は怖くなった。

加害者である俺が、被害者であるお前を好きだと・・・そばにいて欲しいと思う事は間違っているんじゃないかと思った。だから、ドアを開けるのを躊躇った」

「・・・・・」

「でも、後悔した。あの日からずっと後悔し続けた。諦めきれないお前への気持ちの方が大きかったんだ。お前は事故にあった時、俺に気付いてたと言っていたが、あの時のお前の気持ちはわからないが、事故の後の現場検証や事情調査の結果が証明している。完全な俺の前方不注意だった。

だから、お前は何も気にする事はない。全部、俺のせいでいいんだ。

俺は、お前の空いてしまった時間を取り戻してやる事は出来ないけど、この先のお前の時間を全力で守りたい。何より俺がお前のそばにいたいんだ。

そのためなら俺は全てを受け入れる。お前の好きな曲にもあるだろ?

まだ光は失われていない、あるがままを受け入れる・・・俺もお前もそうして前を向くんだ。俺とお前の幸せの為に・・・そして、お前のお母さんの為にもだ」

俺の話を黙って聞いていた瞬はいつの間にか、泣いていた。

俺は拭えないその涙を、キスする仕草をして慈しむ。

そして、顔を上げた瞬の唇にそっとキスをした・・・。

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