第16話 過ぎていく時間
あの日、慌てて瞬太の病室へ向かったが、そこにも瞬太の姿はなかった。
それから何度も見舞いに行ったが、どこにもその姿はなく、目の前にはただ静かに眠る、瞬太の姿があるだけだった。
いつの間にか春が来て、夏が来て、もうすぐ瞬太と出会った季節が訪れようとしていた。
俺は休みの度に病室を訪れ、瞬太の母親に変わり一日中瞬太のそばにいた。
少しずつ元気を取り戻しているかの様な母親の姿を見て、ようやく償いをしている実感が持てていた。
瞬太の母親も、俺と同じように孤独に生きて来たのだ。
誰にも頼れず、悩みを打ち明けられず、ずっと眠ったままの息子を見つめ、何年もの間、過ごしてきた。
今は和解した事で、俺も母親も互いに支え合う事ができている。
もういらないと断る母親に、1人で抱えるのは無理だと説得し、働いたお金をいつも通り渡していた。
だが、今までみたいに節約してまでお金を作ろうとするのは辞めた。
かといって散財するのではなく、母親と自分の母を誘って食事に行ったりと交流することにお金を注いだ。
街で瞬太・・・いや、瞬に似合いそうな服を見かけると、買って病室に持っていたりもした。
母親と似合うねと言いながら、笑い合う事もできるようになっていた。
だけど、心はぽっかりと穴が空いたままだった。
瞬が消えた日から、時間を作っては瞬が行きそうな場所に行ったりして探してはいたが、見つける事ができずにいた。
もしかしたら、俺はもう瞬の姿が見えなくなっているのかもしれないという不安もあった。
こうして生身の瞬に会えて触れる事はできるのに、あの笑顔が見れない事が辛かった。
俺の名を呼ぶ声が聞けないのが寂しかった。
あの日、すぐにでもドアを開けなかった事を未だに後悔している。
ドアを開け、行くなと引き留めるべきだった。
こうして本当に会えなくなるなら、引き留めて好きだともっと言っていれば良かった。
いろんな後悔だけが、俺の心に燻り続けていた。
秋が訪れようとしていた。
瞬の看病をする為に、夜勤を少なくしていた俺は、その日は昼勤でいつもより早く終わったので、ぶらぶらと街を歩いていた。
そのうち、辺りは暗くなり始めて俺は帰ろうと駅へ向かう。
すると、どこからともなくあの曲が聞こえてきた。
ビートルズのあの曲だ。
ストリートライブをしているのだろう、ギターの音色と、低い男性の声がする。
どこから聞こえるのかと辺りを見回すと、駅から離れた広い敷地内で人だかりができているのが見えた。
俺は何となく懐かしくて、その歌声に引き寄せられるかのようにそこへ向かった。
歌声の持ち主は俺と同じくらいの年頃で、優雅におしゃれな椅子に座りギターを弾いていた。
その歌を聴きながら、前に瞬と聞いていた事を思い出し、目を閉じて思い浮かべる。笑顔で俺にもたれかかりながら聞いていた瞬の姿を・・・だが、曲が終わった瞬間、瞬の言葉を思い出す。
この曲が好きになって、よくストリートライブを見に行っていたのだという、あの言葉を・・・そして、慌てて辺りを見回す。
よくここでライブをするのか、常連らしき人がわらわらと男性に話しかけていた。そんな中を、俺は背伸びしたり、身を屈めたりして瞬を探す。
そして、次の曲が始まろうとして人が捌けた瞬間、最前列で膝を抱えて男性を見上げている男の姿が目に入った。
「瞬・・・」
小さくそう呟いた瞬間、瞬が振り向き俺と目が合う。
驚いた表情の瞬に、俺は笑顔で両手を広げた。
大きく見開かれた目に、戸惑いが見えていたが、その目には次第に涙が溜まっていく。
「瞬、おかえり」
そう声をかけると、くしゃくしゃに顔を歪め、瞬が俺のそばへと走ってくる。
曲の始まりに湧き上がる歓声の中、瞬はただいまと言いながら俺の胸に抱きつく。
もちろん触れ合う事はできないが、俺には確かに瞬の温もりが感じられた。
「瞬、大好きだ。ずっと俺のそばにいろ」
俺はそう瞬に囁くと、瞬は何度も頷く。
「会いたかった・・・僕も、僕も建志さんが大好きだよ」
その言葉を聞いて、俺は一緒に家に帰ろうと言葉を返した。
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