第15話 別れの時
退院してから一週間がたった。あれから瞬太の姿を見ていない。
それが心のどこかで、俺を安心させる。
それと同時に虚しい気持ちにもなった。
あっという間に新年を迎えた街並みは、とても静かだった。
きっと帰省したりで、新しい年を自宅でのんびり過ごしているのだろう。
時折、大学生くらいの若い子達がガヤガヤと賑わせてはいたが、それも多くはない。
三ヶ日は俺も休みだったが、帰る様に言われた実家には帰らず、あの暗い部屋で1人過ごした。
何もやる気が起きない俺は、部屋の明かりを灯す事もせず、ただずっとベットに横たわっていた。
「建志さん・・・・」
玄関のドアの方から瞬太の声が聞こえて、俺はベットから飛び起きる。
だが、瞬太はそのドアを抜けて入ってくることは無く、俺もその事にどうしていいのかわからずにいた。
「建志さん・・・お別れに来ました。僕はまだ体に戻れていませんが、もうここには・・・建志さんの前には現れません。だから、約束通り別れの挨拶に来ました」
その言葉に俺は慌ててベットから出てドアへと向かうが、瞬太が叫ぶ。
「開けないでください!今は・・・今は顔を合わせても互いに辛いだけだから・・・」
瞬太の言葉に、俺もドアを開けようとした手を止める。
「建志さん・・・僕、本当はバイクに気付いていました」
「え・・・?」
「気付いていながら避けなかったんです。あの日の前日、いじめていた人達から理不尽に殴られて、母に怪我を隠す為に、早めに寝たふりをして、朝も早めに家を出たんです。当時は生きているのが辛かった。僕のイジメは中学からあったんです。
13の時、父が亡くなってから僕の家はとても貧乏になりました。それでも、それまで専業主婦だった母が頑張って働いてくれて、貧しいながらも楽しく暮らしていたんです。
でも、15になった頃、最初は貧乏な僕の家を揶揄っていた程度だったのが、どんどん酷くなっていったんです。それは高校に進学してからも続きました。
同じ中学だった子達からのいじめでした。
母には心配させたくなくて、でも、毎日が辛くて・・・・だから、僕をより一層孤独にさせるクリスマスが嫌いでした」
瞬太は泣いているのか、時折鼻を啜りながら言葉を繋げた。
「事故に遭ってから、気がついたら僕の魂は体から抜けていました。最初は死んだんだと思っていたんです。正直言うと、やっと死ねたんだと思いました。
だけど、周りの様子を見て、ただ魂が抜けた事で眠り続けているのだと気づいたんです。
母が泣く姿を見て、体に戻りたいと願いましたが、どうしても戻れずに今までいたんです。きっと消えてしまいたいと思っていた自分はバチが当たったんだと思ってました。
それから母がいじめの事を知って、毎晩ベットのそばで泣きながら謝っている姿を見るのが辛くて、街を彷徨うようになりました。
建志さんを見かけたのは2年前です。
事故の時はヘルメット被ってたし、一瞬だったから顔はわからなかったけど、一度病室の前に来た時に、建志さんの姿を見ていたのですぐわかったんです。
最初はもう何年も立ってるし、きっと母とは違って人生をやり直しているんだと、ただそれだけの興味で建志さんの様子を近くで見ていたんです。
でも、全然違った。
建志さんは今も苦しんでて、ずっと孤独の中で償い続けていた。その姿を見ているうちに、僕は本当になんて事をしてしまったんだろうと後悔しました。
建志さんと過ごすようになって、どうにか建志さんだけでも救えないかと思っていたんですが、それは僕の驕りでした。
幽霊のままでは、建志さんを抱きしめてもやれない。僕の存在が余計に苦しめるのだと、このまま一緒にいたらいけないと思いながらどうしても離れる事ができなかった。僕も、建志さんが好きだったから・・・でも、もう側にはいれません。
建志さん、僕、一緒に入れて本当に楽しかったです。建志さんが好きだと言ってくれて、本当に嬉しかった。
でも、その気持ちも今は苦しめるだけだと気付いたんです。
だから、お別れに来ました。もう、僕に償うのはやめて、幸せになってください」
瞬太の話を聞きながら、俺も泣いていた。
そして、やっぱり好きだと思った。
手放してはダメだと思った。
だが、ドアを開けたそこにはもう瞬太の姿はなく、俺はバカだと自分を責め続けながら泣いた。
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