第14話 蘇る過去
俺は母親に促され、ベット脇に置かれた椅子に座る。
目の前にはいつも見ていた寝顔があり、その傍らに悲しそうに俯いている瞬太。
喜びと悲しみで俺は震えが止まらない。
「今にも起きそうな寝顔でしょ?未だに原因がわからないの」
母親はそう言いながら、彼の頭を撫でる。
「あなたも瞬を撫でてやってくれる?」
微笑みながらそう言う母親の言葉に、俺はますます震えが止まらない。
その震える手をゆっくりと伸ばし、彼の頬に触れる。
暖かい温もりのあるその肌に、俺は親指で頬を撫でた。
確かに生きている。
触れる事ができて、温もりも感じられる。
何度も撫でながら、俺はゆっくりと瞬太へ顔を上げ、視線を向ける。
瞬太は小さくごめんなさいと呟いて泣いていた。
あの日は雪が降っていた。
早朝なのもあって気温は更に低く、手袋をしていても少し手が悴むくらい冷えて、雪もだいぶ降り始めていた。
きっと、みんなが起きる頃は、辺り一面に積もり、綺麗な雪景色が見えるだろうと思いながら、バイクを走らせていた。
赤信号で一度止まり、その間、空を見上げながら自分へと降り注ぐ雪を見ていた。
そして、信号が変わり、左折しようと曲がった時だった。
俺は彼・・・瞬太とぶつかった。
見通しが悪い場所ではなかったが、電柱の脇から出てきた瞬太に気付くのが遅かった。
慌ててハンドルを捻ったが、時はすでに遅く、気が付いた時には俺はバイクとは離れた場所に弾き飛ばされ、目の前には血を流して倒れている瞬太の姿があった。
動かない足を、地面を這いつくばりながら引きづり、瞬太のそばに行った。
その内、誰かが救急車を呼んでくれて、救急隊員が近くに来るまで瞬太に声をかけ続けた。
それからの記憶はあやふやだった。
担架に乗せられた彼を見て、安堵したのか俺も意識を失ったからだ。
それから俺は病室で警察に事情調査を受け、傷の回復を待ってから出頭し、改めて調査を受けた。
気付くのが遅かった俺の、完全な前方不注意だった。
瞬太は青信号の歩道を渡っていただけだった。
当時はまだ19で未成年だったのと、前歴がなかった事、瞬太が命を取り留めた事やあの日の対応などが考慮され、俺は保護観察処分だけに留まった。
だが、それからは生活が一変した。
父親からは勘当され、大学に噂が広まり退学処分、それからは半分は保険で、残りの賠償金を出してくれた親と、瞬太に償いするためにバイトを掛け持ちしながらお金を稼ぐのに必死だった。
2年くらい経った頃、母からもう家に送らなくていいと説得させられ、それでも眠り続けた瞬太に償いたい一心で、仕事を一本に絞る事にきめて今の会社に入った。
当時16だった瞬太の人生を奪った事、泣き叫び俺を怒鳴りつけたいた母親の事を思うと、償わずにはいられなかった。
母1人子1人で暮らしていた瞬太の家族の日常も、俺が全て壊してしまったのだ。
長い年月を眠ったまま過ごしてしまった瞬太にいつ保険が切れてもわからなかったし、それまでも苦労して瞬太を養っていた母親1人では、瞬太の費用までは到底出せるとは思えなかった。
ただお金を稼ぐ・・・それだけの事で償う事の足しになるなら、俺は例え辛くても構わなかった。
それだけしか出来ないのだから・・・。
人生を台無しに、家庭を壊してしまった被害者の瞬太。
生きていたという喜びがほんの少し頭の隅にあったが、改めて眠り続ける瞬太の生身の体を見て、触れて怖くなった。
好きだと思う気持ち自体が間違っていると思った。
俺は加害者だ。
瞬太に軽々しく好きだと言える立場ではない。
そばにいて欲しいなどと懇願する権利すらない。
見慣れたはずの寝顔、自分の母より若いはずの瞬太の母親のやつれた姿、何もかもが怖かった。
そうさせているのは、他の誰でもない、俺のせいなのだから・・・。
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