第10話 懐かしい曲

日が暮れるまで2人で黙ったまま海を見つめた。

夕日が沈み始める瞬間が一番好きだとポツリと呟いた瞬太は、ただじっとその

光景を見つめていた。

それから、もう帰ろうと呟いた。

暖かいシートの電車に揺られながら、隣に座る瞬太を見つめる。

都心に行くに連れて車内は混み合い、自分と重なり座る人に驚く瞬太に俺は自分の膝の上を叩く。

目を丸く瞬太に、目で座れと合図する。

戸惑いながらも、ゆっくりと俺の膝の先にちょこんと座る。

俺の足を通り抜け、重なるように座る瞬太を無性に抱きしめたくなり、膝に置いてあった手の指先でそっと触れる。

だが、その指も当然のようにすり抜け、虚しく宙を舞う。

触れれない当たり前の事実が、何故か俺の胸を強く締め付けた・・・。


家に着くと、夕飯に帰り道で買ったハンバーガーを2人で食べる。

「建志さん、今日は付き合ってくれてありがとうございます。このバーガーも本当なら1人分で済むのに、僕が見てたから買ってくれたんですよね?」

食べかけのバーガーを見つめながら、瞬太が申し訳なさそうに呟く。

「お前は食べているつもりだろうが、実際には食べていない。それを俺が朝メシか昼メシにしてるんだ。贅沢をしてるわけじゃない」

「それでも、僕は嬉しいんです。ありがとうございます」

「いいから、早く食え。風呂に入って暖まりたいんだ。線香つけたままじゃ、入れないからな」

俺は話を逸らすようにぶっきらぼうにそういうと、自分のバーガーをガツガツと口の中に入れる。

瞬太はふふっと笑いながら、残りのバーガーを口へと運んだ。

その笑顔を見ていると、また雫が落ちる音がし始める。

俺はもしかしたら瞬太に、独りよがりの執着心を持っているのかもしれない。

生前は孤独だったという瞬太・・・だからこそ、今の俺の孤独を理解してくれる。

何より俺のそばにいてくれる事で、俺は孤独から救われている。

それを手放したくないと願っている自分はなんてずるい人間なんだろうか。

本当なら瞬太が成仏して逝くことは、瞬太の為にいい事だとわかっている。

生まれ変わりがあるのだとしたら、このままここに留まるのはいけない事だ。

それでも、逝って欲しくないと願ってしまう。

自分が1人になりたくない故のわがままで、本当に独りよがりな気持ちだ。

こんな醜い感情を瞬太に知られたくない。

知られたら、きっともうこの笑顔を見る事はできないだろう。

それどころか、そばにいて欲しいという願いも絶たれるのかもしれない。


風呂から上がると、瞬太の鼻歌が聞こえた。

楽しそうに目を閉じながら、その曲を奏でていた。

聞き覚えのある懐かしい曲に、ポツリと呟く。

「Let it be・・・・」

俺の呟きに、瞬太が目を開け、嬉しそうに俺を見つめる。

「建志さん、この曲知ってるんですか!?」

「知ってるも何も、有名な曲だ。ビートルズの曲で俺も好きだった」

「ビートルズ・・・」

「なんだ?知らずに鼻歌歌ってたのか?」

「あぁ・・・僕、音楽とか疎くて・・・僕が街を彷徨うようになってから知った曲なんです。ストリートライブって言うんですか?その、道でギター持って歌ってる人がいて、その人が歌ってたんです。その歌がとても素敵で、よく聞きに行ってたんです」

「そうだったのか・・・古い歌をよく知ってるなと思った。まぁ、俺もビートルズ好きでよく聞いてたけどな。この曲は痛みの中にいると感じている自分に、聖母マリアが枕元で教えを説いてるんだ。何度も繰り返すフレーズがあるだろ?意味はあるがままを受け入れなさいって意味なんだが、歌詞の中にどうして受け入れるのかを説いているんだ」

「そうだったんですか・・・あるがままを受け入れる・・・」

「簡単そうで難しい言葉だよな・・・その中で、一番好きな部分がある。曇りの夜も僕を照らす明かりはまだある。そして夜が明けるまで照らしてくれる。あるがままを受け入れなさい・・・俺は、そこが一番好きだ」

「・・・・素敵ですね。もっと早くに知りたかったな・・・」

「・・・今からでも知ればいい」

俺はテーブルにあった携帯を取ると、検索をかけて曲を探す。

そして、曲を見つけると再生ボタンを押した。

聞き慣れた心地よいリズムが流れ、俺と瞬太は静かに歌を聞く。

懐かしい声とリズム、そして雫の音と一緒になる鼓動、全てが愛おしくて俺にもたれる瞬太を見つめ続けた。

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