第7話 小さな温もり

秋が過ぎ去ろうとしていた。

だんだんと街並みは賑やかになる。

歩く先々で見られる飾りやイルミネーションに、もうそんな時期かとため息が出る。

この時期が俺は苦手だった。

あの日が訪れる事を知らされ、俺に罪を忘れるなと警告をしているようだったからだ。

ひんやりとする空気に少し身震いしながら、足早に帰路を急ぐ。

家に帰れば、あの暖かい笑顔が待っている。

それだけが、唯一の救いだった。


「建志さん、おかえりなさい」

いつもの様に灯りをつけて俺を迎え入れてくれる。

その事に安堵しながら、俺もただいまと返す。

「僕、今日、街をふらふらしてたんですけどびっくりしました」

「何がだ?」

俺はそう言いながら荷物を下ろし、給湯器のスイッチを押す。

いつもはシャワーだけで済ますが、今日はシャワーだけでは流石に寒い。

お湯張りの合図を聞きながら、俺は瞬太へと顔を向ける。

「だって、もう街並みはクリスマスモードです」

その言葉に俺はどきりとする。

「早いですよね。僕が建志さんの家に上がり込んで、もう三ヶ月ぐらい経つんですよ?」

「・・・そうだな」

「僕・・・正直言うと、クリスマスは嫌いです」

瞬太の言葉に、俺の鼓動は早くなる。

「街は華やかで、行き交う人達はみんな笑顔で幸せそうで・・・僕は、それが羨ましい」

「そ、れは、生きている時の感情か?それとも・・・」

動揺した俺の言葉に、瞬太は寂しそうな表情を浮かべ、どっちもですと答えた。

「生きてる時は孤独で嫌いだったんです。でも、今は・・・僕が周りの人を不幸にしたから・・・クリスマスの・・・あの日が嫌いです」

俺の鼓動はますます激しくなる。

久しぶりにホワイトクリスマスとなったあの日、俺は浮かれてバイクでドライブに行った。

フラッシュバックの様に、あの光景が浮かび上がる。

激しい鼓動と一緒に息が苦しくなる。

ヒュッヒュッと変な音が出て、首元を抑える。

「建志さん?建志さんっ!」

瞬太の俺の名を呼ぶ叫び声が遠くで聞こえる。

でも、返事をする事ができない。

瞬太の声と一緒に、携帯の音が鳴っているような気がするが、俺にはもう手を伸ばす事もできなくなっていた。

うっすら見えるのは、瞬太の泣き顔だけだった・・・。


「建志っ!」

聞き覚えのある声に目を開けると、目の前にやっさんの心配そうな顔が見えた。

その隣には兄がいた。

「大丈夫か!?」

「な・・んで・・・ここは?」

「病院だっ。お前は過呼吸で倒れて運ばれたんだ」

兄の言葉に辺りを見回すと、白い天井に白い壁、腕には点滴が繋がれていた。

「お前はこの時期、気落ちするから心配で電話をかけたんだ。そしたら、電話は出るのに、何度声かけても返事をしないから急いで家を訪ねたら、キッチンで倒れてたんだ」

やっさんの話に、電話を取った覚えのない俺は瞬太の姿を探す。

すると、部屋の隅で泣いている瞬太が見えた。

俺は手を差し伸べる。

やっさんも兄も何をしているのかと、怪訝そうな顔で俺を見ていたが、俺には瞬太の泣き顔しか見えなかった。

瞬太はゆっくりと俺に近づき、触れもしない俺の手に触れる。

当然のように俺の手に重なっているようで、重なっていないその手からは何故か温もりを感じられ、俺は小さく笑う。

瞬太は何も言わず、ずっと側で泣き続けた。

俺は大丈夫だと言う代わりに、瞬太の手を親指で摩り続けた。

その光景を、やっさんと兄がただ黙って見つめていた。

それがありがたくて、俺はずっと瞬太へ視線を注ぎ続けた。

寒い空気の中に感じた確かな小さな温もりを、手放したくなかった・・・。

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