第6話 雨上がりの雫
のそのそと支度を終えた俺達は傘を持って部屋を出た。
濡れないから平気だという瞬太を、見てると寒いからと強引に傘に入れて歩き出す。
時折手が重なり合うが、もちろんそこには温もりなどなく、本当に彼がこの世のものではないと実感させられる。
それが、何となく寂しく思えた。
何故寂しいのか答えはわからないけど、きっと若すぎる彼の死と、年が近いであろう彼の姿が重なるからだろうと自分に言い聞かせた。
ATMで現金を引き落とした後、近所の郵便局へ寄る。
窓口から紙と封筒を受け取ると、慣れた手つきで用紙に書き込み、現金を封筒に入れる。
それを少し離れた所で瞬太が見ていた。
何となく知られたくなくて、離れてもらったが気になるのか、じっとこちらを見ていたが、俺は気づかないふりをして手続きを済ます。
郵便局を出ると、また傘をさして今度はスーパーへと向かう。
何か言いたそうにしている瞬太だったが、俺が言葉を発しない事で瞬太も口を閉ざしていた。
「建志さん、野菜は嫌いですか?」
買い物カゴを覗きながら瞬太が問いかける。
「いや、嫌いじゃない」
「でも、さっきからお肉少しとカップ麺しか入ってないですよ」
「・・・・最近、やたらに野菜が高いんだ。言ったろ?なるべく節約してるって。まぁ、もやしくらいは買うけど・・・」
俺は野菜コーナーに戻り、一番安いもやしをカゴに放り投げる。
買ったぞとばかりに瞬太を見るが、何故か落ち込んだ表情をしていた。
「なんだ?同情でもしてるのか?」
「違います・・・でも・・・」
「でも?」
「・・・なんでもないです。僕も一番安いチョコにします」
瞬太はそう言って、ぷかぷかとお菓子コーナーの方へ行ってしまった。
俺はため息を吐きながら、瞬太の後を追う。
真剣な顔でチョコレートの棚を見つめている瞬太の隣に腰を下ろすと、ボソッと呟く。
「なんか俺も食べたくなったなぁ」
そう言いながら、瞬太が悩んでいた二つのチョコを手に取り、カゴへ放り投げた。
慌てる瞬太に、半分ずつだと短く返事してレジへ向かった。
瞬太は嬉しそうな声でありがとうと俺に声をかけ、後ろからついてくる。
俺もおぅとだけ返し、並んで歩く。
家に帰った俺達は、作り置きができるからと一緒にカレーを作り、お供えと称した夕食を食べた後、待ってましたとばかりにチョコレートを食べる。
二種類並んだチョコを食べながら、満面の笑みを浮かべる瞬太を見て、また雫が落ちた気がした。
布団に入る頃には雨もすっかり止んで、ベランダの方からポタポタと水滴が垂れる音がした。
その音を聞きながら眠ったその日、小さな俺が落ちてくる雫を一生懸命手のひらに溜めている夢を見た。
大事そうに、一滴も溢さないように、ただただ手のひらに落ちてくる雫を見つめていた。
そんな不思議な夢を見た朝、俺は自分が泣いていることに気付く。
隣を見ると静かに寝ている瞬太がいて、本当に幽霊なのによく寝るなと呆れながら、涙を拭う。
あの夢の何がそんなに悲しかったのかわからないまま、また時間だけが過ぎていった。
翌朝はすっきりと晴れた日だった。
いつものように瞬太と食事を済ますと、身支度をして仕事へと出かける。
今では当たり前の光景になった彼の「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」言葉と、見送りが不思議と心地良かった。
だけど、俺の心の中には今だにずっと雫がぽとんと落ちている。
ゆっくりと落ちてくる雫、それが何を意味するのか、もし、この雫があの夢のように溜まった時、俺にはどんな意味をもたらすのか・・・。
それでも、俺は今日も1人罪を償い続ける。
これはきっとこの先も変わる事はないのかもしれない。
その真実が俺の心に影を落とす。
ずっと前に覚悟した事が揺らいで行く。
もしかしたら、この揺らぎが瞬太の存在だとしたら、俺はこのまま一緒に過ごしていいのだろうか・・・。
でも、もし彼が消えるのなら、俺も連れて行って欲しいと心のどこかで願ってしまう。
それは許される事ではないけれど、俺の揺らぎがそう願ってしまう。
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