第5話 傷の跡

あれから数日経った。

瞬太は俺の家が気に召したか、ずっと居座っている。

家で俺の帰りを待ってたり、たまに出会った時にいたあの道で俺を待っててくれたりする。

それが、俺にとって何故か心地良かった。


「け、健志さん、なんて格好してるんですか!?」

瞬太はそう言いながら、両手で顔を隠した。

帰りに夕立に合った俺は、帰るなり風呂場へ直行した為、腰にタオルを巻いた姿で瞬太の前に立っていた。

「・・・悪い」

「い、いいですけどっ!それより、早く服を着ないと風邪引きますよ!」

相変わらず顔を隠している瞬太に、何を照れてるんだと呟きながら横を通り過ぎ、服を漁る。

「け、健志さん、本当に逞しいですね・・・」

「ふっ、何だよ。しっかり見てんじゃねぇか」

「ち、違います。急に現れたから見えちゃったんです」

「はい、はい」

俺は適当に返事をしながら、とりあえずパンツを履く。

「健志さん・・・・」

「今度は何だ?」

俺は服を掴んだまま振り返ると、今にも泣きそうな表情で俺を見つめる瞬太がいた。

「その傷・・・・」

そう言って瞬太は俺の右側を指差した。

俺はしまったと思いながら、苦笑いする。

「昔、事故でな・・・右肩と右の太ももをちょっと怪我しただけだ」

「ちょっとって・・・目立つくらい大きな傷じゃないですか・・・」

瞬太はポロポロと涙を溢しながら、眉を顰める。

「なんで、お前が泣くんだよ。傷跡は大きいけど、もう痛くもなんともない」

そう、怪我はもうすっかり完治している。痛いのは肩や足ではない。

だが、そんな事を口にしてはいけない気がして口を閉じる。

それから瞬太に近付くと、触れもしないのに頭を撫でる仕草をする。

「泣くな。俺は涙を拭ってやる事も、こうして頭を撫でる事もできないんだから・・・」

「・・・・ごめんなさい。本当にごめんなさい・・・」

「・・・なぁ、この前も思ったんだが、なんでお前は俺にごめんなさいと言うんだ?何に謝ってるんだ?」

俺はそう尋ねるが、瞬太は何も言わずただ静かに泣き続けた。


翌日、雨で現場が休みになった。

中での仕事もあったのだが、一緒に作業する別の業者が来れないとの事で、俺も自動的に休みになった。

俺はいつも様に自分用と瞬太用にパンを焼き、身支度をする。

「おい、起きろ。まったく幽霊の癖にいつも起きるのが遅いんだよ」

俺は少し乱暴気味に瞬太に声をかける。

昨夜の事が気にかかるも、硬く口を閉ざす瞬太に問いただす事が出来ずにいた。

そのモヤモヤで、つい声にも棘が入る。

瞬太はもそもそと起きながら、おはようございますと小さな声で返した。

「お仕事・・・・ではないですね。どこか出かけるんですか?」

「あぁ。今日は給料日だから、銀行と買い物。お前も行くか?」

「いいんですか!?」

寝ぼけ顔から一転、目を輝かせて顔を寄せてくる。俺は少し顔を引きながら答える。

「今日は雨だから、外で小声で話したとしても誰も気にしないだろ。それと、帰りにスーパー寄って、お前が食べたい物を買って家で食べよう」

「やった!何食べよう・・・」

俺の言葉にガッツポーズをしながら、あれこれと考え始めた。

その姿に少し安堵しながら、やっぱりどこか見覚えのある顔を見つめていた。

それに、やっぱり気になる。何か調べる事は出来ないだろうか・・・そう考えならがらぼんやりと見つめていると、嬉しそうな顔で瞬太が振り向く。

「健志さん、僕、決めました!美味しいご飯もいいですが、僕、チョコ食べたいです」

「チョコ?」

「はい!僕、チョコが好きだったんです。疲れた時とか、少し落ち込んだ時によく食べてました。甘い物食べると、何か幸せな気持ちになれるんです」

「安くて手頃な幸せだな」

「良いじゃないですか!幸せなんて人それぞれですし、そういう小さな幸せが心の支えになるんです」

そう言いながら微笑む瞬太を見ていると、また、遠くで雫が落ちる音が聞こえた。

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