第3話 お供え
「朝はパン派ですか?」
隣でプカプカ浮かびながら瞬太が俺に話しかけてくる。
昨日買って置いた缶コーヒーと、冷蔵庫に入っていたハムと一緒に焼いた食パンを頬張りながら、瞬太を見つめる。
昨日から思っていたが、名前と言い、顔付きといいどこか見覚えがある。
だが、どこで、それが誰なのかわからない。
「いいなぁ。僕、久しくご飯なんて食べていです」
「・・・・供え物を食べるんじゃ無いのか?家族か誰か供えてるだろ?」
「それが、僕、ずっとあの辺を漂ってて、家に戻れないんです」
困ったような表情でそう答える瞬太に、俺は待ってろと返してもう一枚のパンを焼き始める。
それから戸棚をガサゴソ探す。
だいぶ前だが、職場の人と知人の墓参りに行った時に買った線香が、何故か俺の荷物に混ざってて、そのまま仕舞ってあったのを思い出したからだ。
チンとなるトースターの音と一緒にしまっていた線香が目に入る。
俺はその箱から一本線香を取ると、コンロで火を付けてコップに挿す。
それから、食パンを皿に乗せ瞬太の元へ戻る。
「ほら、お供え物だ」
そう言ってパンの乗った皿と線香の入ったコップを差し出す。
ゆらゆらと揺れる煙の向こう側で、瞬太が嬉しそうに手の平に現れたパンを見つめる。
その光景に俺も驚いたが、嬉しそうに頬張る瞬太を見てふっと小さく笑みを溢した。
「じゃ、仕事行ってくる。鍵・・・っていらないか」
「はい。僕は幽霊なので通り抜け出来ます」
「・・・今は夜は家にいるから、いつでも遊びに来い」
「いいんですか!?」
「好きにしていい」
「じゃあ、僕、この家で待ってていいですか?」
「あ・・・朝は出れねぇのか」
「いえ、影は薄くなりますが、幽霊でも普通に昼間歩いてます。ただ、健志の帰りを待っていたいんです」
「・・・変なやつ。お前、生きてたらきっと悪い奴に捕まってたぞ。よく知りもしないやつの帰りを待つとか・・・」
「健志さんだから待ちたいんです。それに健志さんは悪い人じゃない。幽霊である僕を怖がらないでくれるし、何より僕にお供え物を作ってくれる優しい人です」
そう笑顔で答える瞬太の言葉に、胸がちくりと痛む。
俺はいい人なんかじゃない・・・そんな言葉が胸の中で溢れる。
俺は言葉を返せないまま、瞬太に背を向けてドアを開き部屋を出た・・・。
チリンチリン・・・
携帯からお昼のアラームが鳴り始め、俺はポケットから携帯を取り出しアラームを止めた。
ガヤガヤと周りの職人達が一斉に外へと歩き始める。
こうして一斉に職人が昼に出るのは、今の現場がオフィス街で会社勤めの人達に合わせる為だ。
もちろん他の現場でも時間になれば昼休憩に入るが、オフィス街では食事の為に外に出る人、外で弁当を食べる人がいる。
そんな時に現場から埃が出れば苦情ものだ。束の間の休みだからこそ、騒音もその対象だ。
普段は夜の現場が多い分、久しぶりに昼の現場に入ると建築関係の仕事も肩身が狭いものだと実感する。
俺は下へ降りて建物のすぐ脇に置いてあったリュックを掴むと、近くにある公園まで歩く。
公園で手を洗い、開いているベンチに腰を下ろすと、リュックの中から来る途中で買ったおにぎりの袋を取り出した。
安い塩握りを一つ取り出すと、袋を開けて口へと運んだ。
「やっぱりここにいたか・・・」
急に声をかけられ顔を上げると、ニコニコした中年の男性が立っていた。
「やっさん・・・今日はこっちですか?」
「あぁ、午前は別の現場に行っていたんだが、午後からはこっちに入る。お前、また握り2個か?その内倒れるぞ」
やっさんは俺の隣に腰を下ろし、持っていたバックから弁当箱を二つ取り出し、一つを俺に差し出した。
「嫁がよ、今日久しぶりにお前と同じ現場だって言ったら、お前に持ってけって持たせたんだ。ほら、これも食え」
差し出された弁当を、いつもすみませんと言いながら受け取り、膝の上で弁当箱を開く。
そこには栄養を考えられた彩りのあるおかずが並べられていた。
「残すなよ?俺が怒られるんだからな」
そういうとやっさんは自分の弁当を広げ、食べ始めた。
それを見て、俺も弁当をつつき始めた。
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