第2話 奇妙な同居生活
「割と綺麗な部屋なんですね・・・というか、何も無い・・・」
ぷかぷかと浮かびながら部屋を見渡す幽霊。奇妙な光景に今更ながら、ため息が出る。
「ただ、寝に帰るだけだからな・・・お前は俺に取り憑きたいのか?」
ドカリと音を立てながら畳の上に座ると、テーブルを挟んだ向かいに幽霊が近づいてくる。
どまどった表情で俺を見つめながら幽霊は口を開いた。
「取り憑こうとか思っていません。ただ、お兄さんと一緒にいたかっただけです」
「・・・物好きだな」
呆れた顔でそう返すと、へへっと小さな声で笑った。
俺は買ってきたコーヒーを開けて一口飲むと、また口を開いた。
「好きに居座ればいい。ここは本当に寝るだけの場所だ。普段は家にいない」
「仕事、忙しいんですね。そう言えば、今日は早いんですね」
その言葉に、俺は眉を顰めて幽霊を見る。
「あっ、いえ、違います。つけ回したりしてません。僕は、あの場所でただ彷徨っている浮遊霊です。だから、お兄さんがあそこを通り過ぎるのをいつも見かけてたんです」
慌ててそう言い返す幽霊に、不審な視線を向けながら立ち上がると、敷きっぱなしの敷布団に寝転ぶ。
「もう、寝るんですか?」
「・・・あぁ。明日も朝から仕事なんだ。普段は深夜の工事現場だが、今は現場がない。だから、朝の現場に出てる」
「だからか・・・あの、お兄さんの名前、教えてくれませんか?」
その問いかけに、俺はまた不審な視線を幽霊に向ける。
幽霊はまた小さくへへっと笑った。俺は深いため息を吐きながら、ボソリと名前を名乗った。
「健志・・・・
俺の返事に顔をパッと明るくし、ニコニコしながら口を開く。
「僕は瞬・・・
途中、言葉を詰まらせた事が気に掛かったが、瞬という言葉に俺はどきりとした。
「・・・苗字は?」
「そ、それが思い出せないんです」
苦笑いしながらそう答える彼を見ながら、喉がゴクリと音を鳴らす。
「なんで・・・なんで死んだ?」
俺の問いかけに、彼は困ったような顔をしながら答えた。
「それは・・・言えません・・・」
小さな声で答えた彼の顔には、これ以上聞くなとばかりの表情があった。
俺も何となく聞いてはいけない気がして、その後は無言のまま目を閉じた。
ある人物を思い描きながら・・・・。
ピピピッ・・・
携帯から鳴る音に俺は目を覚ます。
そして、隣にある携帯を取ろうと手を伸ばしながら顔を横に向けると、どきりと心臓が大きく跳ねた。
幼さを残す顔立ちの少年が隣で寝ていたからだ。
ドキドキと早打ちする鼓動を感じながら、昨夜の事を思い出す。そして、ゆっくりと手を伸ばし携帯のアラームを止めた。
高校生くらいだろうか・・・共通点が重なる彼を見ながら、ある人物を思い出す。
彼の顔もこんな感じだろうか・・・
そう思いながらゆっくりと体を起こす。さらりと柔らかそうな髪が彼の目元を隠す。
俺はそれを退けて、もっと顔をみたい衝動にかられ手を伸ばすが、その手はすっと通り抜ける。
そして、彼が幽霊なのだと思い出す。その事で収まりかけていた鼓動がまた早打ちを始める。
俺は携帯を取り、兄の
(もしもし・・・?どうした?こんな朝早く・・・)
眠たそうな声が電話口から聞こえる。
「すまん。急に胸騒ぎがして・・・その、彼はまだ生きているだろうか?」
(・・・・あぁ、大丈夫だ)
その言葉に俺は安堵のため息を吐く。それが向こう側にも聞こえたのか、心配そうな声が聞こえる。
(お前、無理してないか?最近は連絡もよこさないじゃないか)
「俺は大丈夫だ。それより皆、元気か?」
(相変わらずだ。母さんが・・・お前に会いたがっている)
「・・・・ごめん」
(はぁ・・・わかってる。なぁ、健志。お前は罪は償った。今も、償い続けてる。だから、そんなに思い詰めるな。全てを背負って孤立するな。お前を心配している俺達の事も少しは考えてくれ。・・・いや、そうじゃない。俺達はただ、お前にまた笑って欲しいんだ。元気に笑って過ごして欲しいんだ)
「・・・わかってる。でも・・・」
言葉を詰まらせる俺に、兄はため息を溢す。
(とにかく、定期的に連絡はよこせ。それだけでいいんだ。それから、彼は大丈夫だ。心配するな)
「あぁ、わかった。兄貴、彼を頼む」
(・・・わかってる)
その言葉を最後に、俺は電話を切ってため息を吐く。
すると、隣から小さな啜り泣きが聞こえて、顔を向ける。いつの間に起きたのか、彼は両手で顔を隠しながら泣いていた。
「・・・どうした?泣いているのか?」
俺の問いかけに彼は何も答えず、首を振りながら泣いていた。
そして、小さな声でごめんなさいと言葉を漏らした。
俺は何の事だと尋ねたが、彼が答える事はなかった。
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