ラプラス族

 さて、さっそく湖に出発。

 久しぶりのモザドゥークの背中は、やっぱりフカフカしていた。

 

『主。目的地までは十五分ほどで到着します。しばし、お休みください』

「はやっ」


 歩いて半日の距離は、モザドゥークにとって十五分か……まあ、本気出せばもっと速いけど。

 するとケルベロスがムスッとする。


「……オレのが速い。真の姿なら」

「くっくっく。泣きべそワンコがぶつくさ鳴いているわ」


 天仙猫猫が煽るとジロッと睨む。だが天仙猫猫は無視。

 この二人、相変わらず仲悪いのね。するとミュウが言う。


「ま、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃん。ねーねーケイ、最近アタシに構ってくれないしさ、もっと一緒にいようよ~」

「お、おいくっつくな」

「はいそこ、ベタベタしない!!」


 と、マオを抱きしめているエリに怒られる。だがミュウが言った。


「そっちこそ、マオとべたべたしてんじゃーん。自分はいいのかなー?」

「ま、マオちゃんは子猫だし、かわいいからいいの!!」

「アタシだってケイのこと可愛いって思ってるし、別にいいじゃーん」

「け、ケイは男でしょうが!! ダメ、とにかくダメ!!」

「嫌。むふふ、気になるならアンタもくっつけば?」

「そ、それはヤダ!!」

「にゃあ。くるしいー」


 マオをぎゅっとするエリ……何というか、ハーレム系主人公って感じだ。

 正直、ハーレム系の主人公って男しかいいことないよな。男の立場で、一人の女性に何人もイケメンが群がってるの見ると「相手する女って大変だよな……」とか思っちゃう。

 男のハーレムで「女性同士みんな仲良く」ってのは漫画でよくあるけど、あれって完全に「男が都合よく解釈してる女性」であって、実際にあったら「最低のクソ野郎」としか思われない気がする。


「にゃあー」

「おっと……よしよし」


 細かいこと考えるのやめよう。

 とりあえず、エリと言い争いしているミュウを眺めながら、俺に懐いている猫少女のネコミミでも揉んでいますかね。


 ◇◇◇◇◇◇


 湖に到着したが……もう最悪だった。


「ぐ、ぅ……」

『……おええ』


 ケルベロス、モザドゥークが悶える。

 天仙猫猫は着物の袂でマオの鼻をそっと押さえ、エリとミュウも顔をしかめる。

 当然、俺も鼻を押さえた。

 なぜなら、湖はとんでもない『異臭』がした。


「な、なんだこれ……」

「……酷いね、これ」


 ミュウが落ちていた棒を拾い、水辺に近づいてかき混ぜる。

 水はサラサラしているのが普通なのだが、この湖の水はドロドロして、棒の先端にヘドロみたいな藻がくっついていた。

 明らかに腐った水。こんなの見たことないぞ。

 ケルベロスが言う。


「腐敗臭だけじゃない……これは毒だ」

「ど、毒?」

「ああ。元の湖に毒を流し込み、死んだ生物たちが腐敗……死骸と毒が混ざり合い、新たな毒となっている。それに、この毒に適応するために水草なども進化をして、更なる毒草と変化したようだ」


 毒のオンパレードじゃん……ひどすぎる。

 完全に『毒の湖』だった。よく見ると湖のあちこちに骨が浮かんでいる。

 天仙猫猫は湖に近づき観察。


「気を付けよ。落ちたら数分であの世行きじゃ。わらわやそこの犬でも、長時間入ると毒に侵される」


 いや、長時間入るつもりないし……というかこの毒湖に抵抗できるお前らすげえよ。

 エリはマオの鼻と口に手ぬぐいを巻きながら言う。


「そもそも、こんなところにラプラス族いるの?」

「それそれ。俺もそう思う……ここに住める生物っていないだろ」

 

 そう言った時だった。

 湖からザバッと何かが飛び出し、俺たちの前に着地する。


「はぁ、はぁ……人間、め!! このようなことをして、まだ……!!」

「私たちは屈しない……!! ガイアルーン王国め……!!」


 男性、女性……だよな。

 歳は若い。俺と同じくらいだろうか。

 青い髪に白い肌の、どこか似た雰囲気を持つ少年少女が、ボロボロの槍を手に構えを取る。


「姉さん、下がって。ここはオレが」

「セノ、あなたも毒に侵されている。私のがまだ」

「大丈夫。姉さんよりはましだ……!! いくぞ、人間!!」


 と、セノと呼ばれた少年が槍を構えると……な、なんと。

 身体に鱗が生え、筋肉が盛り上がり、顔つきも変わった!! というか……ニチアサ展開だ!!

 人間が怪物になるような感じ。ズワォォォ……って擬音と共に『変身』というか『変態』というか、とにかく姿が変わった。

 醜いバケモノっていうか、神々しい『怪物』って感じの姿。

 青い鱗、白い髪、顔つきもなんかカッケエし!!


「す、すげえ!!」

「なに馬鹿なこと言ってんのよ!! 下がって!!」

「こいつ、強い!!」


 エリが構え、ミュウが弓を手に取る。

 ケルベロスと天仙猫猫も顔つきが変わる。マオだけが首を傾げていた。

 だが、俺はちょっと妙なテンションだった。


「ふっ……下がってな、みんな」

「はあ? ちょっとケイ、あんたが下がりなさいよ!! 邪魔!!」

「ケイ、どいて!!」


 邪魔者扱い……まあそうだよな。

 でも俺は引かない。何故なら……こういう展開を待っていたからだ!!

 俺はポーズを取り、かっこよく叫ぶ。


「変身!!」


 心の中で『スキル、蟲殻武装』と叫ぶ。

 すると、エメラルドグリーンの光が俺の身体を包み、インセクトアーマーが装着された。

 これにはミュウ、エリも驚きだ。


「うわなにこれ、ケイがキモくなった!?」

「ひえっ……む、蟲じゃん!!」


 ……キモいとか地味にショックだな。

 それでも俺は仮面の下でニヤニヤしながら言う。


「さあ、ここからがハイライトだ!!」

「……ねえミュウ、はいらいとって何?」

「知らない。でも、なんか任せていいっぽい感じ? 天仙猫猫、どう?」

「フフフ、今の主は猫娘と同じくらい強い。向こうのラプラス族は……勇者レベル40くらいかの。まあ任せてもよかろう」

「ふっ……主め。自ら戦うことを覚えたとはな」

「にゃうー」


 外野のせいでなんか締まらんけど……とりあえず戦うぜ!!


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、戦いが始まったが……俺はすぐに後悔した。


「はああああああ!!」

「え、ちょ、まっ」


 これが『命のやり取り』だとようやく気付いた。

 これまでの戦い……俺が直接戦ったのは黒鉄レオンくらいか。アグニルーンの勇者たちはケルベロスたちがやったし、俺自身が戦う場面ってのはそうなかった。

 なので、ガチで命を狙ってくる攻撃に俺はビビッていた。


「まま、待った!! ごめん、待った!!」


 黒鉄レオンと戦ったが、あいつの攻撃は全部ビビリが入ってたし、なんか怖くなかった。

 でも、この少年の槍……毒のせいでボロボロで、レオンの虚弱な聖剣と比べると棒切れみたいなんだが、そこに込められた『殺意』だけは、感じたことのない『本物』だった。

 完全に、俺を殺す気の攻撃。


「───っ」


 こ、怖い。

 カッコつけて変身したが、中身はつい最近まで戦いなんて知らない高校生の俺。ゴブリンとは違う、本気の攻撃だ。

 しかも勇者レベル40くらい……この世界ではかなり高い方だ。

 

「動きが鈍いぞ!! 人間んんんん!!」

「ま、待った。頼む、話を聞いて、話し合いしよう!!」

「黙れええええええ!!」

「~~~っ!!」


 突き出されるボロボロの槍。

 どうしよう、怖い。

 俺のインセクトアーマーに何度も突きが入る。ヒビすら付かないが、どれも怖い。

 調子乗り過ぎた。

 異世界あるある……異世界転生した前世持ち日本人、お前ら冒険者になって魔獣とか盗賊とか殺すけど、マジでそんなことできるのは異常者だけだ。

 ぬるい日本で生活していた俺には、剥き出しの殺意は怖すぎる。


「主!!」


 と、ここでケルベロスの叫び。


「逃げるな、それでも男か!! 戦え!! その鎧、その拳は何のためにある!!」


 ケルベロスの喝。

 わかってる。俺がやるって言った以上、やるしかない。

 ケルベロスも天仙猫猫も手出ししない。エリとミュウが何かしようとしていたが、天仙猫猫に掴まれ動けないでいた……ああ、手ぇ出すなってことね。

 マオも、俺をジッと見てるだけ……モザドゥークは相変わらず湖の匂いに当てられて苦しんでいた。

 

「おおおおおおお!!」

「ああもう、こうなりゃヤケだ!! こい『インセクトチョッパー』!!」


 右腕にハサミのような武器が装備され、槍を受け止めた……が、あっさり槍が折れた。

 

「しまっ」

「おおおおおおお!! ごめんよおおおおおおお!!」


 そして俺は左手で、少年の顔面に思い切りパンチを叩きこむ。

 少年は吹き飛び地面を転がって、そのまま気を失った。

 少年に駆け寄る少女は首を振り、俺に向かって言う。


「……私たちの負けです。どうかこれ以上は」


 勝ったけど……なんかまるで悪役みたいだな!! 

 助けに来たってこと、早く伝えないとな!!

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