そのころの魔王軍①

 魔王軍。

 五大国から『魔王』と呼ばれている悪女神フォルトゥーナの部下である『魔王ファルザーク』は、魔王国首都にある魔王城の玉座で退屈そうに座っていた。

 

「ふぁ……余は退屈だ」


 青白い肌、コバルトブルーの挑発、側頭部に生えた二本のツノ。

 着ている服はタキシードに近い黒の礼服。そして、漆黒で荘厳なマントを身に付けており、玉座の傍では白銀に輝く杖が浮かんでいた。

 すると、玉座に控える『六天魔将軍』の一人、『黒豹』のオセロットが言う。


「でしたら、勇者の活躍でもご覧になられますか?」

「む?」


 黒豹のオセロット。

 黒豹の獣人であり、魔王軍最強の剣士。

 オセロットが傍に控えている老婆を見た。


「アマリリス。例の映像を」

「ひょえっひょえっひょえっ……今回のファルーン王国の勇者は、なかなか面白いですぞ」


 『六天魔将軍』の一人、人間族にして現代最強の魔法師であるアマリリスが、本物の蛇を何匹も絡ませて作った杖を手に振ると、魔王の前に空中投影ディスプレイが浮かび上がる。

 そこにいたのは、ファルーン王国の勇者……為朝であった。


「これがファルーン王国の勇者か」

「ええ。今回召喚されたのは三十名ほど。ファルーン王国のは力を誇示すべく、質より量を選んだようです。ですが……この中心人物である『タメトモ』という勇者は、なかなか面白い」


 オセロットが感心したように言う。

 

「現在、魔王軍第七十七小隊と交戦中です。恐らく、倒されるでしょう……ああ、ご安心ください。第七十七小隊は七千二百ある小隊の中でも下位に分類します」

「どうでもよい。で、面白いとは?」

「ご覧ください……小隊長のザオムとタメトモの一騎打ちです」


 映像に映ったのは、小隊のリーダーであるトカゲ獣人のザオムと為朝の一騎打ちの光景だ。

 ザオムは曲剣を手にしており、対する為朝は素手。

 為朝はフッと微笑み、なんと着ていた服を脱ぎ去った。

 意味が分からず、魔王が首を傾げる。


「何なのだ、こいつは」

「ここからです」


 為朝は裸ではない……なんと、『マワシ』を装備している。

 

『さあ、ここからが───ハイライトだ』


 決め台詞なのか、カッコいいと思っているのかわからないセリフを吐く。

 そして、両手を合わせ妙な印を結ぶと、魔力があふれた。


『領域展開……『両国土俵りょうごくどひょう』!!」


 すると、為朝の周囲の光景が代わる。

 観客席に囲まれ、吊り天井、そして丸い土俵の中に為朝とザオムが立っていた。

 それだけじゃない。なんと、為朝の身体が膨張していく……本物の相撲取りのように。

 でっぷりした体形に変わった為朝は、その場で四股を踏んだ。


『貴様に敬意を表し───45%で戦ってやろう』


 スキル『相撲取り』の真骨頂……土俵を具現化し、体重を自在に操る技を使うことが可能となった為朝は、土俵の中心に移動する。

 いつの間にか、行司もいた。為朝が具現化したのだが、ザオムにわかるわけがない。

 そして、あっという間に勝負が始まり……ザオムは強烈な張り手を喰らって土俵の外へ。

 土俵から落ちると、ザオムの身体が燃えて消滅した。


『ふっ……オレと取り組みをして敗北すると、問答無用で消滅する。やれやれだぜ、真なる強者との出会いはまだなのか』


 そこまでセリフを聞き、映像が消えた。

 魔王はポカンとして、しばらく肩を震わせて笑い出した。


「はっはっはっは!! な、なんだ今のは……あれもスキルなのか? フォルトゥーナ様の戯れもここまで来るとは……!!」

「ええ、ですが……鍛えれば、かなり強くなりますね。あの領域とやらに付与された『ルール』も強い。恐らく、巻き込まれれば私でもルールに従う他ありません」

「ほう……オセロットよ、顔がにやけているぞ?」

「し、失礼……」


 オセロットは一礼。武人である彼は恥じた。

 すると、黙っていたアマリリスが言う。


「そういえば……ファルーン王国の勇者が一人、追放されたそうで」

「ほう?」

「何やら、仲間の間で混乱を招いたとか。ええと……今はシャオルーンで廃村開拓をしているそうで」

「はっ、なんだそれは。女神様のスキルを与えられたのに戦いもしない雑魚とは」

「ええと……位置も把握していますが、確認しますか?」

「まあよい。余興だ、見せてみろ」

「はい」


 アマリリスが魔法を発動させると、再び映像が浮かぶ。

 映像には、廃村で作業するドラゴニュートやドワーフ、犬猫たちが映った。

 オセロットは言う。


「ドラゴニュート……そういえば報告で、アグニルーン王国の勇者に敗北したとありましたが……まさかシャオルーンに逃げ延びていたとは」

「ドラゴニュート……竜族のくせに、弱者共が」


 ファルザークが舌打ちする。

 そんな時だった。

 映像が勝手に切り替わる。


「あれ……」

「む、どうしたアマリリス」

「い、いえ……映像が勝手に。む、なっ……き、消えん」


 映像が消えない。

 アマリリスが発動した魔法なのに、消すことができない。

 そして、映像に映っていたのは……木の上で香箱座りをする、一匹の黒猫だった。


『ああ……覗き見してるのダレ? ワタシ、見られるの好きじゃないの』


 尻尾が揺れ、あくびをする黒猫。


『ああ……魔王。フォルトゥーナの召使いだったかしら。くぁぁ~……アナタも大変ねえ』

「猫……貴様、何者だ」

『ただの猫。今は女神の眷属だけど、ちょっと前まではあの子たちよりも遥か天上の存在。まあ、今はのんびりスローライフ満喫してるわ』

「意味がわからん。まあいい……アマリリスの術式に干渉できるとは、ただ者ではない。くくく……フォルトゥーナ様に報告せねば」

『お好きにどうぞ。ああでも一つだけ……ケイ、村、勇者と戦ったりするのは好きにして。ワタシやあの子の役目はもう終わったし、あとは見守るだけだから……でもね、ワタシやあの子、シロにちょっかい出すなら、かるーく引っ掻くわよん』

「……何?」

『こんなふうに』


 クロが前足を上げ、軽く振った───次の瞬間、ファルザークの背後、魔王城の壁に巨大な『爪跡』が刻まれ、城が揺れた。


「なっ……!?」

『ふふ、そう怯えないで。あの悪女神の召使いちゃん、せいぜい頑張りなさい……おやすみ』


 そう言って、映像が消えた。

 残されたのは、魔王城に刻まれた巨大な爪痕だけ。

 ファルザークは、その爪痕を見て静かに呟いた。


「……フォルトゥーナ様に報告。それと……『脱兎』のミラージを呼べ。シャオルーン……我らを真に脅かす可能性が出てきたぞ」


 ◇◇◇◇◇◇


 クロは欠伸をして、尻尾を揺らしていた。

 すると、枝に白い犬が飛び乗り、クロをジト目で見る。


『……ボクらは干渉しないって決めたでしょ』

『いやねぇ。警告よ警告。ケイにスキルをコピーさせた時点でお役御免、女神ちゃんたちにお願いして、あの子たちの眷属のフリして地上に来たのよ? スローライフを満喫したいじゃない?』

『まったく。まあ、この世界の空気は美味しいから、邪魔されたくない気持ちはわかるけどね』


 クロ、シロは互いに笑い……マオと手を繋いで散歩しているケイを見た。


『フフ、ケイ。もっともっと楽しませてちょうだいね』

『やれやれ。もしかしてだけど……騒がしくなるかもね』


 慧が木の上にいるクロとシロに気付き、手を振るのを確認すると……クロとシロが木から飛び降り、たっぷり慧に撫でられるのだった。

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