幕間 第02話

 斎藤史郎。

城ヶ峰高校三年、十八歳。身長は170cm台後半で、顔は普通。特に特徴も無ければ、カッコ悪くも無い。両親は普通のサラリーマン。

 だが、県下一のマンモス校である城ヶ崎高校の、女子生徒の実に九割に当たる、六百人強からの熱い視線が常に史郎に注がれていた。

 もちろん春もその一人。


三年の教室は一階で、二年の春の教室は二階にある。チワワの様な瞳で見つめる春に別れを告げて、二人は自分達の教室に入って行った。


「おはよう、咲希。課題ちゃんとやったか?」


 史郎が、前の席の高島咲希に話しかけた。


「な、何よっ! か、課題ぐらいアンタに心ぱ〈ドスっ〉」


 近くにいた女子三人組から咲希にボディブロー。もちろん史郎には見えていない。


「ごほっ、ごほっ」


 咳き込む咲希は、クラスの女子全員に引きづられて教室を去って行った。


「あいつ、風邪か?」


「風邪だ。気にすんな……たぶん早退だ……」


 頼斗が遠い目で答えた。


「心配だな……。放課後にお見舞いに行くか」


「大丈夫よ斎藤くん! 明日には元気に登校してくるわ! お見舞いも私達で行くから大丈夫!!」


 戻ってきたクラス委員長の西村沙耶が食い気味に答える。


「委員長……。委員長ってアレだな。沙耶って呼んでもいい?」


「ふあっ!?」


〈ドスっ〉


「ごほっ、ごほっ」


 音もなく帰って来ていた女子数名に連れて行かれる沙耶。


「風邪だ……。流行ってんだよ、このクラス……」


 遠い目のままの頼斗が答えた。


「そ、そうか……。他の皆んなは大丈夫か?」


「ま、待て史郎! 他の皆んなには俺が聞いておく!! 大丈夫! ステイだ! もうすぐ始業のチャイムが鳴る! 席を立つな! お喋りも禁止だ!」


「なんだよ一体……。はぁ分かったよ」


 史郎はゴソゴソとカバンと引き出しを整理して、準備し始めた。頼斗は胸を撫で下ろし、クラスの皆とアイコンタクトで頷き合うのだった。








 始業のチャイムが鳴り、担任の佐藤和馬が入ってくる。


「おはよう、みんな。そしたら出欠取るよーーーーーー」


 クラスは五十名。欠席は二名だった。


「そうそう、三年の夏休みも終わって、珍しい時期だけど転校生だ。男子は騒ぐなよ。おーい入ってきて!」


 ざわつく教室、特に男子。扉は開くが、姿が見えない。アンテナみたいな毛だけがヒョコヒョコと教壇に向けて動いていく。


「転校生の深山瑠璃さんだ。お父さんの仕事の都合で転校してきたそうだ。深山さん一言挨拶出来る?」


「はい。深山瑠璃です。短い時間かもしれませんが仲良くしてくれると嬉しいです。宜しくお願いします」


 ピョコっとお辞儀をした瑠璃。身長は150cmも無いだろう。可愛らしい顔立ちに、庇護欲をくすぐる仕草。教室の一部の紳士が引き付けを起こしかけている。


「深山さんは、あの空いてる席に座って。史郎! 深山さんを色々とサポートしてやってくれ」


「わかりました」


 瑠璃が史郎の左隣、教室の左後ろ角の机に座る。


「えっと、史郎くん? 宜しくお願いします」


「よろしく。わからない事があったら何でも聞いてね」


「ありがとう」


 ハンカチを噛む女性陣が多数、羨望の眼差しで見つめる紳士が数名、騒然とする教室は、そのまま一限の授業へと進んだ。



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