18 パニックに陥る
(――――いい? つまり、私はあんたの生まれ変わりでありその体の持ち主であり公爵令嬢であり誰よりも気高い存在ってわけ!! 今日は従者が帰って来なかったから男装して偵察してたらあのシリウスって子に遭遇したのよ!)
『ははあ……で、どうして乱蔵に襲いかかったんだ』
(仕方ないでしょ! 私の推理では、こいつらが子どもを売り払ってて、院長は言いなりにならざるを得ない。てのも、シリウスの姉が病気に掛かってて、その治療費が必要だけどだんだん払えなくなって、それで孤児院の経営も怪しいことに――)
『馬鹿らしい。乱蔵がそんなことをする訳がなかろう』
体の主導権は完全にほむらにあり、フレアはただ彼女の脳内から語りかけるしかできない。どうやら自分の声は、乱蔵やシリウスたちには聞こえないらしい。
パニックに陥りながらも、フレアは脳内から必死にほむらに説明した。自分のこと、この奇妙な状況のこと。当然、彼女と話す時は前世の言語である。
そのおかげで、ほむらも徐々にこの状況を理解してくれているようではあるが――自分はとうの昔に死んだのだと突きつけられても冷静沈着でいられるのは、さすがである――乱蔵が子どもを売り払っていたという点に関してはまずあり得ないと断じた。
ほむらは、顔を隣に向けて話しかけた。
『なあ乱蔵や、お前が人身売買を企てていると聞いたが、違うな?』
『は!? 違うに決まってんだろ!? 何でそうなるんだよ!! つーか誰に聞いた!?』
『ほれみろ。――ん、待て乱蔵。私が死んだというのはまあ納得がいくのだが、お前がここにいるということはつまり――!?』
『俺はそこそこ長生きした』
『そうかそれはよかった! あの後日本はどうなった? どんな暮らしをしていたんだ?』
(ちょっと今その話どうでもよくない!? やるなら後にして!!)
『すまんすまん』
『……ババア、誰と会話してんだ』
『私の内なる声だ。いや、正確にはこの体の持ち主か。私にしか聞こえんみたいでな』
『とうとうボケたか』
ああもう!とフレアは頭を抱えた。
ややこしいし面倒臭い。そもそもどうしてこんな訳のわからないことになってしまったのか。
乱蔵と目が合った瞬間だった。あの瞬間、フレアの中で恐らく眠っていたのであろうほむらの人格が覚醒し、体の主導権まで奪ってしまった。
今のフレアは、ほむらに話しかける以外は、文字通り手も足も出せない状況である。
(どうしてこんな目に……! このままもし元に戻らなかったら? 一生このまま? 嘘でしょ? 前世の人格に体を乗っ取られて、おばあちゃんが第二の人生を謳歌する様子をただ見ていることしかできないの? そんなの絶対嫌!!)
考えれば考える程発狂しそうだったが、どんなに考えたところで元に戻る方法は思いつかない。
ほむらだって、奪おうと思って体を奪った訳でもなさそうだ。彼女の記憶は、炎に飲まれて死んだところで終わっているのだから。
(考えても仕方ないわ。今はとにかく、この状況をどうにかしないと。乱蔵は人身売買に加担してなかったってこと? じゃああれは――――)
「嘘だ! あり得ない!」
その時、シリウスの悲鳴のような声が、部屋に響いた。
「あり得なくないよぉ。だってほんとだもん。君らの院長先生はねえ、す~っごく悪い人なの。孤児院の子どもたちを、引き取り手が見つかったって嘘吐いて売り払ってんの。孤児院を出てった子たちのうち、一度でも顔を見せに来た子はいる? いないでしょ? できないんだよぉ、今頃ヤバい連中の玩具なんだから」
「ッ……そんな」
「おいレインやめろ!」
「本当のこと言っただけでしょ~? 君、過保護過ぎない? そろそろちゃんと教えてあげれば? そんなだから誤解されるんじゃん」
レインはやれやれと肩を竦め、書類や物でごった返したソファの上にどさりと腰を下ろした。シリウスは泣きそうな顔を乱蔵に向ける。
「どうなの? 乱蔵さん、本当のこと言ってよ! 俺が子どもだから隠してたの? そんなの……そんなのずるいだろ! ほんとのこと教えてよ!」
乱蔵は、ぐっと言葉に詰まった後、やがて言いづらそうに告げた。
「シリウス、こいつが言ったことは、間違ってねえ」
「…………」
「院長がバーバラになってから、養子縁組の話が急に増えた。調べてみたら、どれもこれも偽造だったんだ。名前も身分もデタラメ、引き取られたはずの住所も嘘っぱちだ」
乱蔵は懐から書類の束を取り出し、それを雑に机の上に置いた。
「バーバラの書斎に忍び込んで手に入れた。役人の判も押されてある。……デタラメだってのに、役所の連中はまともに調べる気もねえらしい。バーバラに賄賂でも渡されてるんだろ」
「そんな……」
「売られた先は、本当は誰に買われたのか――そいつを記載したリストがあるはずだ。バーバラは顧客リストを作って手元に置いている可能性が高い。そいつを見つけ次第子どもを探し出す。んで言い逃れのできない状態で騎士に突き出す」
「ッ……」
シリウスはまだ信じ切れない様子で、レインの方へ視線を向けた。
「お金は? その医者が院長先生にお金の取り立てみたいなことしてた」
「こいつはあの孤児院のかかりつけだったんだよ。だがバーバラになってから診察費を払われなくなったらしい。当然ステラの治療も、金を出すくらいなら受けさせないって言い張ってるんだと」
「寄付金、本当に横取りしてるの? 先生が、全部」
シリウスは項垂れ、ぷるぷると拳を握り締めた。
黒々とした殺気が溢れ、ほむらがぴくりと眉を動かした。
乱蔵は、そんなシリウスを宥めるように肩に手を置いた。
「今必死で金を集めてるところだ。金さえ何とかなりゃあ、ステラの病気は治せる。そうだろレイン」
「ヒヒッ、全然集まってないみたいだけどねえ? さっさとお金集めなきゃ、手遅れになっても知らないよお? ていうかぁ、お金集まってもちゃあんと手術できるかはわかんないよねえ。院長せんせえがあの子にべったりだから――」
「そうだ! こ、ここ! ここに姉貴来なかった!?」
「は? いる訳ないじゃん」
「ル、ルル、ルーク!!」
ルークの頭がおかしくなったことも忘れて、シリウスがこちらへ助けを求める。
同時に、フレアは思い出した。なぜ、自分たちはこの不気味な場所に足を運んだのだったか。
全ては、ステラを助けるため。
カノンとステラは医者のところに向かったと、町の人はそう言っていた。
なのにここにはいない。いるはずもない。
『ステラちゃん、運ばれていったじゃないの。院長先生も一緒だったけれど』
カノンが危ない。
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