17 【シリウス】唖然とする
一体何が起きたのか、シリウスにはさっぱりわからなかった。
信頼していた乱蔵が、ヤブ医者とグルになって何か悪いことを企んでいたという。ショックを受けて彼を非難した直後、ルークがびっくりするような見事な飛び蹴りを食らわした。
そこまではわかる。けれどその後、訳のわからないことが起こった。
ルークが、突然知らない言葉を話し出したのだ。
乱蔵もぺらぺらと異国の言葉を話している。二人はどうやら知り合いのようだけれど何を話しているのかは全くわからず、シリウスはただただ呆気にとられて困惑するしかなかった。
先程乱蔵に対して抱いた激しい怒りさえ、その光景を前にすると忘れてしまう程だった。
シリウスは恐る恐る声を掛けた。
「あの、一体、何喋ってるの? 二人は知り合い?」
「ああ、シリウス。えーと、まあ、そうだ。知り合いっつーか、昔そうだった、つーか」
「ねえ~、意味わかんないんだけど。何これ? 血みどろの殴り合いが始まるんじゃなかったの~? 興ざめなんだけど」
「レインてめえは黙ってろ」
乱蔵は大きくため息を吐き、それからルークに例の外国語を喋り始めた。ルークの方は困惑したような表情のまま、何度か小さく頷いている。
何だか、怖かった。そこにいたのはルークだけど、ルークじゃない。
言葉も表情も何もかも、すっかり変わってしまったように感じた。乱蔵に出会った、あの一瞬で。
「ほんとに、どうしちゃったんだよ。何があったんだ? なあ――」
「悪いなシリウス。こいつ、記憶をなくしたらしい」
「え?」
「俺が知ってる頃の記憶しかないんだと。どうしてここにいるのかも、お前のことも、何なら自分の今の名前すらわからねえってよ」
「今の名前って……どういうこと?」
「あー、俺と知り合った頃は別の名前だったんだ。いろいろ事情がややこしくてな。で、今どういう名前でどこで暮らしているかもさっぱりわからねえんだと」
頭でも打ったのだろうか。そんな風には見えなかったけれど。
ルークは真剣な表情で、時折ぼそぼそと異国の言葉を呟いては、首を捻ったり手を組んだりしている。その様子は何だか異常だった。
心配のあまり、シリウスは泣き出しそうになった。
「しっかりしてよルーク! さっきまであんなに元気だったのに――――」
途端、レインのいる方からガラスの割れるようなけたたましい音が響いた。
驚いて視線を向ければ、瓶やら何やらが割れて床に散乱し、そこにレインが尻餅をついて顔を顰めている。間抜けで滑稽な姿だった。
「痛っ……」
「な、何やってんの?」
「うっさい。手が滑ったんだよ。で、何これ? 何の茶番? 急に記憶喪失? なのにこいつのことはわかるって? どゆこと? ルークって何? 何の冗談なわけ?」
余裕のない、苛ついた声音だった。
いつもニヤついて何を考えているかわからない青年だから、こんな様子を見るのは初めてだ。
「いや、て言うかそっちこそ何なんだよ! 悪いことやってたんだろ!? 子どもを売ったりとか、何か、そんなことを――」
「それやってんのは君らの先生でしょお」
「……へ?」
レインは「やれやれ」とぐしゃぐしゃ髪を掻きむしりながら、気怠そうに言った。
「君らの院長先生。子ども売って荒稼ぎしてんのも、君の大切なお姉さんの寄付金横取りしてんのも、全部君んとこのバーバラ先生がやってることだよぉ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます