19 【カノン】突き飛ばす




「いッ……てえ」






 頭に激痛が走り、カノンは堪らずふらついた。


 ステラを抱えて街外れのボロボロの屋敷に入り、本当にこんな所に医者がいるのだろうかと怪しんだところで、背後から鈍器のようなもので殴られたのである。




 振り返ると、院長が棍棒のようなものを手に、鬼のような顔でカノンを見下ろしていた。




「な、何して……」


「全く余計なことしてくれて。貴方が悪いんだからね」




 院長が棍棒を振りかぶる。咄嗟に動けずにいると、ステラがふらふらしながら彼を庇った。


 院長の手が、ぴたりと止まる。




「先生、やめてください」


「ステラ、どきなさい」


「命まで奪う必要はありません」


「勿論。ちょっと痛めつけて売り払うだけよ」




 売り払う?




 聞き間違いかと思ったが、院長は平然と「遠くに売り払ってしまえばバレないわ。相手がイグニス家であってもね」と言い放った。




「バレたらどうするんですか。イグニス家はただの貴族とは訳が違います」


「まさか密告するつもりじゃないでしょうね? そんなことをして、シリウスがどうなってもいいわけ? 孤児院が潰れれば身寄りのないあの子は路頭に迷うわよ? 元々あなた達はこの国の子どもでもない。どこで野垂れ死のうと誰も気にしない」




 優しい、気弱そうな院長の顔はそこにはない。あるのは、欲深く傲慢な、下卑た外道のそれである。




「貴方、私に隠れてこそこそ盗みをしているでしょう? そんなはした金を集めたって何の意味もないわよ? 手術代には当然足りないし、子どもだけで暮らすにも全然足りない」


「寄付金があったはずです、本当ならそれで――」


「どうせ助からないわよ。無駄なことにお金を使うくらいなら、私が有効活用してあげた方がいいでしょ? 貴方だってそれがわかってるから、黙っていたんじゃないの」


「弟のために孤児院の環境をよくしてくれると言うから――!! でも何も変わらない!! 一体何に使っているんですか!?」


「煩いわね。貴方は黙って私に従ってればいいのよ」




 院長は躊躇いなくステラを足蹴にした。ステラは小さく悲鳴を上げ、床に倒れ込む。


 辛そうなステラを見下ろし、院長は冷たい笑みを浮かべた。




「美人はいいわね、同情を買いやすいからお金も集まる。安心してね、顔には絶対、傷をつけないから。お金を集められるだけ集められたら、死ぬ前に病弱好きの変態にでも売ってあげるわ」


「ふざ……けんな!!」


「ひゃ!?」




 カノンは立ち上がり、院長の腕を掴んでぎりぎりと力を込めた。


 言いたいことは山ほどあったが、ありすぎて言葉が出てこない。こんな最低最悪な人間が、よりにもよって孤児院の院長を務めているなんて。




「お前のような人でなしは……イグニス家がぜってえ許さねえ!!!」




 やっとのことでそれだけを吐いた後、院長を突き飛ばす。そして蹲るステラを腕に抱きかかえて、カノンは走り出そうとした。




 兎にも角にも、ステラをちゃんとした医者に診せなければならない。


 まず何よりも優先すべきは、彼女だ。










 ――――けれど、その時。




「このガキッ!!!」




 激昂した院長が懐から取りだしたのは、拳銃だった。


 本来なら騎士か警備兵、もしくは特別な許可を与えられた者しか所持の許されない、そんなものを孤児院の院長が持っているなど、カノンは考えもしなかった。




 至近距離から、耳を劈くような音が響く。


 鮮血が飛び散った。




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