12 【ルカ】怯える
時は遡り、フレアが公爵の雷で気を失う直前の事。
ルカは泣いていた。母は陣痛が来る度本当に辛そうで、なのに自分はどうすることもできず、ただ怯え、突っ立っていることしかできなかった。
「だ、大丈夫だって! 絶対、絶対大丈夫だ。ソフィアさんはほら、結構しっかりしてるし、強いところあるし、だから、大丈夫だって!」
カノンは真っ青になりながら、ずっとルカを励ましてくれた。
そんな時、外で落雷のような音が響いた。
ルカとカノンは顔を見合わせ、恐る恐る外に出た。もしかしてあの強盗の残党がいたのだろうかと思ったが、仁王立ちした公爵の足下に倒れていたのは、フレアだった。
美しい金の髪が、地面に広がっている。瞼は閉じて、まるで眠っているようだ。
ルカは何が起きたかわからず呆然としていたが、カノンは「フレア様!!」と駆け出した。
「大丈夫すか!? 一体何があったんすか!?」
カノンはフレアを抱き起こして必死で呼びかけたが、反応はない。
「公爵様!! これはどういうことなんすか!?」
「やめろ、カノン。そいつは大罪人だ」
「え? は? 大罪? なんでっすか!? フレア様が何したんですか!?」
「あの強盗どもを雇ったのは間違いなくフレアだ!! こいつがソフィアの命を狙った。今すぐ牢屋にぶちこむ。おい! 誰かこっちに来い!!」
公爵が、騎士たちに向かって怒鳴り声を上げる。
何人かがこちらに走ってくるのを見て、カノンは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「フレア様は絶対んなことしないです! この人は裏でコソコソやるタイプじゃねえですから!! 牢屋とかやめてください!!」
「お前も雷を落とされたいか!!」
「お、俺は、公爵様の雷なんて、怖くないです!!」
声は震えていたが、カノンはきっぱりそう言い切って公爵を睨み付けた。
ルカはその姿を見て、怯えながらもカノンの傍に駆け寄った。
公爵は、ルカがフレアを庇っているのを見て、顎が外れそうな程驚いていた。
「ルカ……?」
「ぼ、僕も、反対です」
「ルカ、こいつはお前のペンダントを盗んでいたんだぞ」
公爵が手に持っていたペンダントをルカに渡す。それは確かに自分のものだった。
川辺に鍛錬しに行った時は確かにあったはずだ。その時かその後にでも落としたのかもしれない。盗まれた、とは思わなかった。ここ最近はフレアと接すること自体、ほとんどなかったからだ。
「こいつが盗んだんだ。間違いない」
「公爵様、でも、その、僕は、えっと……」
「フレアがやってきた所業はわかっている。ルカ、今まで散々辛い想いをしただろう。これからは何も心配ないからな。正式に俺の息子となれば、将来はお前が公爵位を継ぐんだ」
「いや、あの……」
「いくら聖騎士とは言え、フレアの行為は目に余るものがある。今回に関してはもう看過できない。永遠にイグニスの地を踏めない場所へ幽閉して、お前とソフィアを守ってみせるからな」
肩を掴まれ、じっと見つめられて、ルカは怯えた。だらだらと冷や汗が流れた。
放電の特殊能力を使った時の公爵は、大抵興奮状態で殺気立っていて、まるで血に飢えた肉食動物だ。
怯えて何も喋れなくなったルカに代わって、カノンが声を上げた。
「公爵様! フレア様は盗みなんてやってませんって! そんな汚いこと、絶対――」
「カノン」
静かな声が、割って入った。
驚いてルカが顔を向けると、そこにいたのは、カノンの父親だった。真っ赤な髪に、精悍な顔立ちのイグニスの騎士。表情は険しい。その背後にはルベルの姿もある。
結局、カノンは帝王学の授業をサボった事を咎められ、父親に連れて行かれた。フレアは他の騎士の手によって、牢屋へ。
ルカは何もできず、ただその成り行きを見守っていることしかできなかった。
ソフィアが元気な女児を出産したのは、それから何時間も経っての事だった。陽は落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。
ソフィアは朦朧とした様子で、ベッドに横たわっている。幸い安産だったとのことだが、ベッドで横になっている母はあまりに生気がなく、そのまま死んでしまうのではないかと、ルカは怖くなって母の名を呼んだ。
ソフィアはうっすらと目を開けて、ルカの頬を撫でた。
「……ルカ」
「お母様」
「愛しい、愛しい私の子。……愛してるわ、ルカ」
母が生きていた。ほっと安心したのと、愛していると生まれて初めて言われたことに、熱いものが込み上げた。涙が、ルカの頬を濡らした。
母の愛情はいつだって感じていた。優しい、大好きな母親だ。
けれど今まで、「愛している」と直接言われたことはなかった。
それを不満にも不思議にも思ったことはなかったが、どうして父親がいないのか、どうして親戚から白い目で見られるのか――……自分の出生について真実を知ってしまってからは、母がどう思っているのか、途端に怖くなった。
あれはイグニス家の面々が集まるパーティーでの事だった。
心ない親戚に言われた言葉が発端で、ルカは自分の出生を知ることとなった。穢れた子だと、犯罪者に孕まされた子だと罵られ、ルカは泣きながら会場を抜け出した。
母は、本当は自分を憎んでいるのではないか。自分は生まれてはならない存在だったのではないか。
考えたら考えただけ、苦しくて、辛くて、寂しかった。
一人でぽろぽろ泣いていると、偶然、フレアが通りかかった。どうやら彼女も会場を抜け出してきたらしい。
『ちょっと、そんなところで何惨めったらしく泣いてるわけ? 情けないわね、聖騎士のくせに』
『フ、フレア様……』
『あんたみたいなうじうじした奴大っ嫌い。同じ聖騎士として恥ずかしいわ!』
フレアはそう言いながら、大きなため息を吐いた。
『一体あいつらに何言われたわけ? どんな酷いこと言われた? 何かムカつくことでも言われたんなら、その力を使ってこの世から消し去ってやるくらい言えないわけ?』
『それは……えっと……』
『私だったら燃やしてやるけどね。聖騎士の誇りを傷つけられたなら、何があっても許しちゃだめよ。絶対にね!』
彼女も何か言われたのだろうか。
フレアが親戚の面々から冷たい目で見られていることは、ルカも知っていた。
彼女は苛々した様子で、空中に黄金色の火の玉を浮かび上がらせた。ルカは、それをうっとりと眺めた。――彼は、フレアの能力が好きだった。彼女の火は、力強い。それはどこか、火というより光のような輝きを放っていた。
それを見ながら、気づいたら口を開けていた。
『……僕は、穢れている、から……』
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