第5話 平松市長

 平松市長が実際に市長になれたのは、

「F県出身の国会議員」

 の推薦があったからだった。

 その人は地元に力があるだけではなく、何と言っても、

「元首相」

 であり、今の、

「副総理」

 であった。

 ただ、ソーリの時代には、与党としての党を地に落とし、次の衆院選挙で、ついにずっと守ってきた政府の座を、野党に明け渡すという無様なことをしたのだった。

 もちろん、この男だけの責任ではないのだろうが、十分に責任を負わされるだけのソーリだったことに違いはない。

 今でも、

「副総理」

 という立場ではあるが、これは名ばかりのもので、実際には、それまでの政権では、財務大臣も兼任していたが、その座を奪われ、名ばかりの、

「副総理」

 に収まっているのだった。

 副総理と言っても、何かをするわけではない。正直、

「早く引退してくれないか?」

 と思っている人がほとんどではないだろうか?

 平松市長が、中央の国政に出ようと思ったことがあったようだが、その時、応援してくれている副総理に相談すると、

「いや、君はまだ若いし、政治家としての経験がまだまだ不足している、中央に出てくると、苦労するのは君自身だよ」

 ということで、今のところは、市長を頑張るしかないようだった。

 平松が、

「市長を辞めて、アナウンサーに戻りたいと思うようになったのは、副総理から、国政は君には早いと言われる前だったのか後だったのか、俺にもよくわからないな」

 と、平松自身はよくわかっていないようだった。

 だが、この夢を見るようになってから、

「アナウンサーに戻るのも怖い」

 と思うようになり、

「戻るも地獄、進むも地獄だ」

 と考えるようになっていたのだった。

 アナウンサーというものをどのように思っているのか、正直、本人でないと分からない。

「いや、本人にも分かっていないのかも知れない」

 と思った。

「アナウンサーから市長になって、十数年。今市長を辞めて、いきなりアナウンサーに戻ったとしてやっていけるのであろうか?」

 アナウンサーというものが、どれほど厳しいものなのかということを、分かっていたからこそ、

「アナウンサーが務まったのだから、市長だってできるだろう」

 と思い。立候補もしたのだし、今も市長を続けているのだ」

 ということであった。

 市長の仕事と、アナウンサーでは天と地との差があることだろう。

 いhら松は分かっていたつもりだったが、今ふと我に返ると、

「アナウンサーってどんな仕事だったっけ?」

 と、十数年の時間は、あっという間だったと思っているわりに、急に考えると、まったく想像がつかない感覚になっていた。

 市長をしている在任期間を思い出すと、確かにいろいろなことがあり、しかも自分は分刻みのスケジュールで、

「俺は時間に操られているのではないか?」

 と思うようになっていた。

 そのあやつられる時間も、気が付いてみれば、

「アッという間だったのか、それとも、それなりの長さがあったと思うのか?」

 ということで、市長在任を自分がどう感じているのかが分かる気がした。

「本当にあっという間だったと思うのであれば、そんなに、市長の仕事を大変だったと思わないだろう。これからも続けていくのが当たり前であり、辞めるなどという発想が生まれるはずもない」

 と思うようになるであろうし、逆に、

「市長になった頃のことを思い出そうとすると、アナウンサーをしていた頃のことが最近のように思えるというようなおかしな感覚になるかのようだ」

 と考えている時というのは、

「本当は、市長に未練などなく、それでもしがみついているのは、戻るべき場所である、アナウンサーとしての、自分の席がどこにもないのではないか?」

 という思いである。

 それが先ほどの夢に代表されるようなことで、要するに、アナウンサー業界の方からというもの、

「お前のような市長を経験したやつに、戻ってこられても迷惑だ」

 と言われているような気がした。

 それは、

「平松だから」

 ということなのか、それとも、

「アナウンサーというものすべてにおいて」

 ということなのか、平松は分かりかねていた。

 しかし、夢がその答えだったのだとすれば、うあはり後者ということになるのだろう。

 そう思うと、

「確かに俺がアナウンサーをしている時、市長が出てきて何かを言うたびに、

「何言い訳ばかりしてるんだ」

 と、市長は、

「言い訳をするために存在している」

 と感じていたことを完全に忘れてしまっていたのだ。

 それがいつ記憶からなくなったのかは、正確には分からないが、少なくとも、市長という肩書がついて、最初の登庁の時から感じたことだったに違いない。

 これまでの、

「責める側から責められる側」

 に移ってしまったということは、自分がその両極端を経験したということであり、あの頃はまだ市長という仕事の何たるかを分かっていなかったので、不安だらけだったが、どちらも知っていて、過去の仕事に戻る時でさえ、不安を押し殺すことはできないのであった。

 つまり、市長というものが、一種の憧れであり、いくらアナウンサーをしていても、毛嫌いをしていたことを思うと、不思議な感覚だった。しかしそれも、

「市長があの人だったから」

 と思うと、

「俺は、そんなブサイクなことはしない」

 と思ったのだ。

 ただ、相手は元からの政治家。こっちのように、世論から推されて出てきた、

「ただのタレント議員」

 に何ができるというのだろう?

 そこも、不安の要素としては、非常に厳しいものだった。

 そもそも、市長選を戦っている時だって、

「市長というものが、どんなものなのか分からない」

 ということで、頭を悩ませていたのだった。

 市長は、懐疑が終わって警察から、

「死体が発見された」

 ということを、会議の出席者に話そうかどうか迷った。

 発見された場所が、たった今まで復元について話をしていた、N城址公園内だということは、大いなる問題だったからだ。

 しかし、今のところ、警察から電話がかかってきただけのことで、詳しいことは分かっていない。いずれ、発表することになるだろうが、それは警察主導でお発表であり、こちらは、あくまでも、事情を聴かれる程度のことだろう。

 そういう意味では、ここで話を大きくすることは忍びないといってもいいだろう。

 そこで、会議が終わってから、すぐに電話を受けたこともあって、すぐに白骨発見現場である、N城址公園に市長は向かった。

 秘書には、もちろん、事態を説明し、

「とりあえず、いってみる」

 と告げて、秘書も、

「話を聞かれるのもいいでしょうね」

 ということだったので、秘書と二人で、そそくさと出かけていった。

 最近では、パンデミックも少し落ち着いてきたので、毎日の状況を決まった時間に話すというような日課はなくなっていたので、それも幸いなことだったのだ。

 N城址公園というのは、意外と大きな公園だった。一級河川となっている側が両側にあり、後ろが海になっていることで、天然の要害として、うまくできた城だった。

 しかも、濠となっている川に向かって、船着き場を整備することで、水路交通を利用した、物資輸送にも長けた城だったこともあって、

「日本でも有数の水城」

 という触れ込みでもあったのだ。

 天守がないのは寂しい限りだと地元の人は言っているようで、復元論が過熱した時期はあったようだが、それはかなり前のことで、市長がまだアナウンサーになる前の、相当昔のことだったようだ。

 今回の、

「天守復興の要望」

 とは、ある意味まったく関係のないものであったようだ。

 そうはいっても、彼らが昔の、

「天守復興運動」

 知らないわけではないだろう。

 だが、そもそも、こちらの城も重要文化財として指定はされているが、実際に最盛期を迎えた時の城は、まぎれもなくF城だったのだ。

 つまりは、

「F城が最優先であり、N城はその次」

 というのが、世間的にも、市民の大多数の意見もそっちであっただろう。

 しかも、F城天守の復興に対しては、

「資料に乏しい」

 ということを理由として、再建は見送るということに市議会で決定したではないか。

 それなのに、F城を差し置いて、N城天守の再建というのは、無理であるということは分かっていることであったのだ。

 そんな状況において、今は静かに、F城も、N城も、それぞれに、

「城址公園」

 として市民の安らぎの場になっている。

 それなのに、

「N城天守の復興」

 ということが、言われるようになったのは、

「F県には、いろいろ城が残っていて、実際に、県庁所在地であるF市と双璧であり、ライバル関係にあるK市には、立派に復元した天守があるのに、どうしてF市には、天守の城がないのか?」

 という話が静かに持ち上がってきたからだった。

 前からくすぶっている話であり、一部の人が声を挙げているだけだったのだが、その声が次第に大きくなってきたというのが、本音なのだろうが、この声も、もし、一気に噴出していたのであれば、ある意味、少し持ちこたえれば、すぐに鎮静化することだと思われた。

 しかし、実際にじわじわと盛り上がってきたので、その火が消えることはない。要するに、

「熱しやすいものは冷めやすいが、徐々に燃えてきたものを鎮火させるのは、時間と労力がかかる」

 というものである。

 しかも、その労力を下手に使って、強引にしようとすると、火傷の被害を免れることはできないだろう。

 被害を覚悟で労力を使うのであれば、

「とりあえず、一歩先に進むことで、火が回ってくることはないので、そこで新たに考えればいい」

 というのが、市長の考えだった。

 この市長は、アナウンサー時代から、悪知恵は働くようになっていた。もちろん、

「秘書の力」

 というものが強いというのも当たり前のことで、この二人の二人三脚は、

「この市長の長期政権を支えている」

 といっても過言ではない。

 本当であれば、秘書が市長になったとしても、立派にできるだろうと、平松は思っていたが、当の本人は、

「私は平松市長の下で働くから、私の力が発揮されているんです。だから、あくまでも、影に徹するというのが、私の信条なんですよ」

 といっていた。

 平松は、秘書に用意してもらった車に乗り込むと、

「何時までに帰ってくればいいんだ?」

 と聞いて、

「午後六時に記者会見があるので、五時半には、庁舎に戻る必要があります」

 と言われ、時計を見ると、午後二時半くらいだった。

「相手が警察ということもあるので、最初にそのことは言っておいた方がいいな。どちらにしても、そんなに時間がないということになるな」

 というと、

「ええ、そういうことになります。今回のことは、あくまでも、警察の質問に答えるだけで、自分のご意見があっても、必要以上のことは言わない方がいいですね」

 と秘書は言った。

「何、発見されたのは白骨だということなので、身元もすぐに分かるわけもない、そんな状態で、何が言えるというんだ?」

 ということであった。

 秘書はそこまでいうと、走らせていた車がN城址公園に到着した。管理運営の建物に近づいてみると、その少し先に、

「立ち入り禁止」

 の札が建てられ、中に入れないように、紐が引かれていたのだ。

 城址公園には、相変わらず、散歩している人、ジョギングをする人と、いかにも、

「市民の憩いの公園」

 という様相を呈していたが、見る限りは普段と変わりない様子に、市長も秘書も安堵していた。

「せっかくの公園なんだから、これでないといけないわな」

 と言いながら、管理事務所の建物に入っていった。

 管理事務所の建物は、公園の入り口付近にあって、別に公園自体は、どこも無料で見れるので、夜も閉め切っているわけではなかった。

 とはいえ、城としての体裁を残す、お濠であったり、石垣、小さいながらもいくつかの櫓は残っているようだった。

 もっとも、それらがあるから、

「城址公園」

 ということで、他の市民公園とは、一線を画していて、管理事務所には、住み込みで管理人が常駐できるようになっていた。

 今の管理人も住み込みのようで、ちょうど、昨今の、

「世界的なパンデミック」

 による、経済の停滞で、リストラされてしまった人だったので、彼としては、住み込みの方がよかったのだった。

 同じようにリストラに掛かった人は他にも結構いた。

 地元の中小企業では、ちょっとしたことで、先ゆかなくなるのは分かっていたことだが、不況や、自然災害ではしょうがないといえるのかも知れないが、今回の、

「世界的なパンデミック」

 を、ただの自然災害だといってもいいのだろうか?

 というのも、自然災害というと、

「地震、カミナリ、家事、おやじ」

 と言われるもので、最期のおやじというのは、

「読んで字のごとく」

 というような、父親という意味ではない。

 ただ、これは、

「諸説ある」

 ということで、当時の日本の家が、

「父親の絶対的な権力を握っている」

 ということでの、

「怖さの象徴」

 だということで、そのまま、解釈することもできるだろう。

 しかし、自然災害で一番忘れてはいけないもので、下手をすれば命の危険にさらされるものとして、

「台風」

 というものがある。

 台風というものを。

「大山嵐」

 と書いて、おおやまじ、さらに、

「大風」

 と書いて、おおやじと読ませる場合があるという。ここでいう、

「おおやじ」

 がなまって、おやじになったのではないかという説があるが、これが本来の意味ではないかと思われる。

 確かに、ユーモアという意味ではいいのかも知れないが、地震でもカミナリでも、火事でも、実際に起きてしまえば、笑い事ではない。必ず、少なからずの犠牲者は出るというものだ。

 そういう意味で、

「死人が出るようなことに、はたしてユーモアなどを混ぜてもいいのだろうか?」

 と言えるだろう。

 そんなことをすると、

「シャレにならない」

 といってもいい。

 今回の、

「世界的なパンデミック」

 を本当に自然災害といってもいいのだろうか?

 というのが、

「伝染病の対策には、まず何をおいても、水際対策が急先鋒だ」

 と言われるように、一歩間違えれば、国内で大流行してしまうということだ。

 当時のソーリは、世界でパンデミックが起こっていて、どこの国も入国制限をしていたにも関わらず、隣国の国家主席に対して忖度し、国賓として迎えようとしていたのだ。

 しかも、その国家主席というのが、

「このパンデミックを引き起こした都市のある国の首席」

 ではないか。

 もし、その国は起源ではないとしても、その疑いのある国の主席に忖度するとはどういうことか?

 最終的には中止になったが、問題は、

「ソーリが国民の安全を無視して、外交のために、水際対策をおざなりにしようとしたことにある」

 というものである。

 そのくせ、

「全国一律に、公立の小中学校に、学校閉鎖を指示する」

 ということを、他の閣僚に根回しもせずに、勝手に決めたのだ。

 閣僚とすれば、

「いきなり言われても、こっちは寝耳に水ですからね。現場は混乱しているし、我々もその対応で、大混乱ですよ」

 と、各省庁も、

「やれやれ」

 と言った感じで、ソーリに対して、一定の不満をそれぞれに持っていたようだ。

 つまり、最初からパンデミックに対しての対応は、政府としては、実にブサイクなものだったのだ。

 城の管理をしているのは、奥川という男だったが、彼が市長を出迎えに来ていた。

「ご苦労様」

 といって、奥川をねぎらったが、当たりを見渡した平松は、

「あれ? 刑事さんは?」

 と聞くと、

「中で、鑑識の人と話をしているようです」

 というので、

「そうか、じゃあ、中に行きましょうかね」

 といって、秘書を伴って、事務所に入った。

「ああ、市長の平松さんですね。私は。F署の桜井というものです」

 といって、警察手帳を提示した。

 そういえば、今では珍しくも何ともないが、昔は写真などなくて、胸から半分手帳を出すことで、警察だと訴えていたような気がしたが、たぶん、普通の黒い手帳だけでは、本当の警察官なのか分からないということで、警察になりすませて、極秘と言えるような情報を引き出そうとしている輩がいるか何かの理由で、写真付きの手帳を、しっかり相手に見せて、警察だということをしっかり認識させたうえで話をさせるということになったに違いない。

 そんなことを、管理人の奥川が思っていると、

「ところで、白骨死体って、誰が発見したんです?」

 と市長が聞くと、

「犬ですよ」

 と答えた。

「犬? 犬が死体を掘り起こしたと?」

 と聞くと、

「正確にいえば、この間の台風の影響が大きいんです。この間の大きな台風の影響で、公園もかなりの被害が出たでしょう? 管理人さんに聞くと、整備をお願いはしているらしいのですが、何しろ住宅に被害が優先なので、公園の整備には少し時間がかかるということで、荒れた部分が散見されるらしいのですが、その中でも、分かりにくい部分も被害に遭っていて、実はそこに埋まっていた白骨を犬が掘り起こしたようなんです」

 と桜井警部補は言った。

「そうなんですね」

 というと、

「そこで、普段は気にもしていなかったんですが、犬がゴソゴソと蠢いているところに、目がちょうどいったんですよ。その場所は本当に目立たない場所でもあるので、犬も立ち寄らないにも関わらず、何かゴソゴソしていると思って見ていると、急に飼い主の人が悲鳴を挙げるではないですか。どうしたのかと寄ってみると、そこに白い、石膏にも似たものがあったので、よく見ると、骨だったんですよ」

 と言ったのは、管理人の奥川だった。

「なるほど、それは、納得のいくことかも知れませんね。犬には何か臭いのようなものがあったのか。白く見えたものが光ったように見えたのか、何しろ犬の視線というのは、人間と違って、正面の高さですからね。掘り返してみるのも分かる気がします」

 と桜井警部補が言った。

「ところで、その白骨というのは、キレイな形で埋まっていたんですかね」

 と市長が聞いたので。

「ええ、ほぼ普通に埋まっていましたね。身体を切り離して一部だということはなさそうです。ただ、殺人事件であることに間違いはないので、我々の捜査になることに違いはないです」

 と警部補が言った。

「ちなみに、死後どれくらいなんでしょうか?」

 と市長が聞くと、

「正確には科捜研で調査をしないと分かりませんが、1年から2年の間くらいではないかと思われます。このあたりの土は城が建設されるだけあって、他とは違いますので、意外とすぐに白骨化するのではないかというのが、鑑識に見解でした」

「ということは、もう白骨以外のものは、他には身元を示すものはなかったということですか?」

「ええ、あの様子で行くと、服は着ているようですが、他に身につけているものはないようです。財布や身分を証明するようなものは、犯人が持ち去ったとみるのが一番なのかも知れないですね」

 と桜井警部補はいうのだった。

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