第13話 女子中学生と女子中学生と、そして女子中学生
学校が休みの日に美羽ちゃんの家にお呼ばれした。
特になにかをしに行くわけではないのだが、三人一緒に時間を潰したかった。この年頃の女の子というのはそういうものなのだ。
美羽ちゃんの部屋はとても女の子らしかった。カーテンとベッドが薄いピンクで統一されていて可愛らしい。枕元にはテディベアが二つ置いてある。それになんだかいい匂いがする。甘いけど、くどくなく清々しい空気だった。
学校で接する美羽ちゃんの印象とは遠くかけ離れている。てっきり、飾り気のない味気もない部屋で暮らしているのかと勝手に想像していた。そういう特別な空間で育ってきたから、ちょっと風変わりな女の子になったのではないかと疑っていたのだ。
洋服棚の上には大きなコンポが置いてある。その隣にはたくさんのCDが並んでいるのだがあたしが知っている曲はひとつもなかった。
「わたしね。洋楽しか聞かないの。歌とか歌詞というものが嫌いだから。」
どういうことだろう。歌詞があって、歌があってはじめて曲というものになるのではないだろうか。
三人で輪を作って、その中にたくさんのお菓子を並べて座る。話は本当に他愛のない話。最近見た面白いドラマの話とか、好きな芸能人の話とか、先生の悪口とか。女の子が集まれば大概そんな話題になる。だけど、もうひとつ欠かせない話題がある。口火を切ったのはやっぱり果歩ちゃん。
「美羽ちゃんの彼氏はこの部屋にきたことがあるの?」
この子は変化球は投げられない。いつだって直球を放り込んでくる。
「ううん。まだないよ。」
直球型と大人びたふたりの恋の話についていけるか自信がない。
「果歩と優江には好きな人とかいないの?」
ああ、そうだよね。やっぱり聞かれちゃうよね。なぜかふたりの視線はあたしに集中した。美羽ちゃんはともかく果歩ちゃんはそんなにじっと見つめなくてもいいと思うんだけど。
「あたしは…。片思いなんだけど…。」
照れくさくて話しづらいのにふたりはアヒルみたいに顔を突き出してあたしの顔をまじまじと覗き込む。よく見るとふたりとも口元までアヒルになっている。
「亮君がいいかな…。」
ふたりはとても大袈裟な反応をする。まったく。美羽ちゃんはともかく…。
「亮君のどこが好きなの?」
美羽ちゃんの質問に答えられない。照れ臭いのもあるし、彼の全部が好きなのだ。だからといってそう答えることも恥ずかしい。なんとなく、としか言えなかった。
美羽ちゃんは満面の笑みをしている。それ以上は言わなくても分かっているよと言わんばかりだ。集中砲火は辛いので話を逸らさなくていけない。
「果歩ちゃんはどうなのさ。」
彼女はあたしと美羽ちゃんの顔を交互に見比べた。アヒルみたいな口がまだ元に戻っていないよ。今度は彼女が気恥ずかしさや照れ臭さを感じる番だと思っていた。別に亮君だと答えてもいいよ。昔は、そんなこと言っていたものね。
「ちょっと真面目なこと聞いてもいい?男の人を好きになるってどういう気持ちのことをいうの?」
予想外の質問だ。彼女はアヒル口のまま、真面目な顔色をしているとは言えなかったが瞳だけは真剣だ。なんだろう。なんて説明したらいいのだろう。説明もなにも頭の中にも回答がない。あたしはなんで亮君のことが好きなのだろう。美羽ちゃんがあたしの顔を見て笑った。あれは優しい微笑ではない。余程おかしい面持ちをしていたのだろう。
「人のことを好きだと言う気持ちはそれぞれ少しずつ違うものだよ。でも、まったく難しいものじゃない。わたしは彼氏のことを可愛いと想っている。年上だけどね。愛おしいとも想うね。頭を撫でてあげたいとも。
だけど、前向きな気持ちの他に他の女と話して欲しくないとか、離れて欲しくないとかわがままな気持ちも催すよ。そんな気持ちをひとつでも感じれば好きだってことじゃない。なにかしらの情緒を感じる男の子は恋愛の対象じゃないかしら。」
やっぱり美羽ちゃんは大人だ。しっかりした思想を持っている。それに比べてあたしは情けない。情けないけど、恥じるよりも疑問の方が強かった。あたしは亮君を可愛らしいなどとは言えない。愛おしいというのも少し違う。頭を撫でるなんて生意気なことは出来るはずがない。それらを感じるのはまったく違う男の子だ。岳人は可愛らしい。愛おしい。頭を強く撫でまわしてあげたい。
あたしが岳人に抱く愛情は恋心なのか。そんなはずはない。だって弟なんだもの。それに、岳人が他の女の子と話をしたって嫉妬もしない。離れたくないとは少し思うけど、友達と仲良くしてくれれば傍にいるはあたしじゃなくてもいい。
岳人が弟だから恋として成り立たないだけなのか。岳人を想う気持ちと同じものを感じる他人が恋人なのか。それとも、その気持ちにさらに嫉妬心を加えたものが恋心なのか。では、弟に感じている情緒とはなんというものだろう。
あたしは物事を曖昧に解釈することが苦手だ。悩みはつきない。
果歩ちゃんは美羽ちゃんの言葉を理解したのだろうか。消化したのだろうか。
「わたしにはまだ美羽ちゃんみたいに想いを寄せる人はいなさそうだなあ。」
小学生の頃は亮君が気になって仕方がないと言っていたの、そう言えば最近ではめっきりそんなことは口にしなくなった。大人みたいな恋愛観を備える人と、真剣に恋愛とはなにかと悩む人に挟まれた自分が子供じみていて情けない。
それでもやっぱり三人で話をするのは楽しい。日常に楽しみを見つけることが上手くないけど、このふたりさえいれば幸せだと満足する。将来に夢を持つどころか、勉強も部活も努力していい成績を残して達成感を得たいとも望まない。遊んでいることからしか幸せを得られないあたしは、やはりまだ子供なのだろう。
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