第5話 卒業写真(遺影のような)

あたしはその日から数日間学校を休んだ。ママが丈夫な体に産んでくれたから学校を休むことなんて初めてだったかもしれない。だけどこんな顔をしていては学校なんかに行けやしない。


 数日後にママと一緒に薬局を訪れた。あたしが連れて行ってくれと頼んだのだ。鎮痛剤を買う為に。別に体のどこかが痛かったわけではない。あたしが欲しかったのは気持ちを落ち着かせる成分と眠気を誘発する成分。あの夜以来眠りにつくのが怖ろしいの。毎晩毎晩現れるあのカウントダウンを見るとゾッとするの。


 確実に一晩毎に命が減っていくことを自覚するのはあまりに辛い。夢を見ないくらい深い眠りを得られるのならば、薬の力を借りることに躊躇も迷いもあるはずがない。だけど、睡眠薬を買ってくれとはママには言えないよね。そんなことを言えば余計な心配をかけるだけだから。だから、あたしは頭が痛いと訴えて、なるべく眠気が強くなりそうな薬を選んだ。多少ではあるけれど薬の効果があったみたい。寝る前にそれを飲めばまどろみを誘ってくれた。


 岳人が眠ったのを確認してから、すぐにそれを飲み込んでベッドに潜る日が続いた。


 学校を休んでしていることといえばベッドで横になっているだけ。鎮痛剤を飲むのは夜だけにとどめておいた。あまりにも早く薬を消耗してしまうと怪訝に思われるもの。だから、昼間は薬を飲まずに、なるべくなにも考えないように心がけて横になっていた。それでも死の恐怖が薄まることはない。


 一日中寝転んでいるなんて怠惰な生活だと非難する人もいるだろう。だけどそれってとても疲れるし、不愉快な生活なんだよ。こんなに疎ましいのなら外に出て行った方がましなのかな、と考える。だから今日から学校に行こうと決意した。


 鎮痛剤をお守りのようにランドセルの小さなポケットに忍ばせておく。数えてみれば学校へ行くのは十日振りだった。久しぶりに一緒に登校できることを岳人はとても喜んでくれた。その顔色を見るだけで立ち上がった甲斐がある。もちろん道のりは憂鬱で不安だったけど。果歩ちゃんや他の友達もあたしが欠席し続けたことに触れないでいてくれた。自然に不登校になる前の生活に戻ることが出来たよ。みんな有難う。久し振りの学校は案じていたよりずっと心地よかった。少しだけど、恐怖の夢の呪縛から解き放たれた気がしたな。あまり死のこと考えずに過ごせた。やはり家に閉じ籠っているより、友達に囲まれていた方が安心感がある。


 その日に、卒業アルバムに載せるためのクラスごとの集合写真と個人の顔写真の撮影が行われた。集合写真は何枚か撮影したものから先生達がこの写真がいいというものを選ぶことになっていた。個人の顔写真については、この写真でいいですよねという確認の為に一応児童に回覧される。どうしても納得のいかない児童は後日、もう一度撮影して貰えるらしいけど、そんなことを希望する人はいない。だって、面倒くさいもんね。


 もちろんあたしも回覧されてきた写真に文句などない。それどころかよく撮られていると感心した。程良く可愛らしく、程良く気持ちの悪い笑顔が写っていた。そう。写真の中のあたしは何故か気持ち悪いのだ。何故だろう。写真の中の自分であるはずのものと、現実の自分がかけ離れたものだと憶えたからかもしれない。


 自分の写真がなんだか遺影みたいに見えた。他の友達の写真はどれもみんな綺麗に見えたのに。小学校卒業という記念すべき想い出の写真としてふさわしい笑顔をみんなはしていた。改めて自分の顔写真を見直すとやはり気持ち悪い。気味が悪いよ。きっとみんなはこれからもたくさん想い出の写真を残していくのだろう。だけど、あたしはこれが最後の記念撮影であるかのような面構えをしていた。だから、微笑が気味悪かったのだろう。


 なぜあたしは死ぬのだろう。なぜあたしはそんなに早く死ぬのだろう。あたしは死ぬ。あたしだけが。事実はそんなわけはなく、死は確実にすべての生き物にいつかは平等に訪れる。そんな当たり前のことが頭から抜けてしまうくらい死はあたしだけの存在になっていた。死は明らかに隣に座っている。そして、あたしの手を握っている。


 そう、三年後という近い将来にあたしは連れて行かれるのだ。これまで勝手に自分は家族の他の誰かの身代わりに死ぬものだと信じてきた。しかし、そもそもそれが勘違いであったらどうだろう。急に吐き気を催した。誇りと大義を失ってしまったような気がして。そうだ。誰かの身代わりとなれるなどと約束もしていないではないか。栄誉ある死を迎えるつもりだったのに。


 犬死などしたくない。叶うなら岳人の身代わりになって死にたい。三年後に、岳人がトラックに撥ねられそうになってそこに突っ込んで岳人は助かりあたしだけが死ぬのだ。そんな死なら受け容れよう。もし、死に方が選べるのであれば死の恐怖感が薄れる。なぜだろうね。死んでいくことにはなんの変わりもないのに。不思議なものだ。


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