第4話 悲しんだと悲しいと思った、は全然違うの
あたしは割と最近、一緒に暮らしていたお爺ちゃんを亡くしている。お爺ちゃんは癌だったらしく、そう宣告されて一年くらいでこの世を去った。
みんな涙を流して、心を痛めて、死という運命を呪っていたみたい。あたしは異常なのだろう。涙も出なかったし、亡くなったことが特別なことではなく、そういう定めであってついにお迎えが来たのだな、としか思えなかったのだ。そう、他人事だったのだ。自宅の和室に置かれた遺体の顔を見て、あたし以外のみんなはずっと嗚咽を漏らしていた。お母さんは、
「お爺ちゃん生き返って。」
と言いながら大粒の涙を流していた。
幼くて死など理解していない岳人でさえ、
「じいたん。じいたん。早くおはようしてよお。」
と泣きじゃくっていた。お葬式が終わってもみんなすごく元気がなくて、お父さんが、
「いつまでもめそめそしていたら、お爺ちゃんが安心して天国に行けないからもう泣くのは止めよう。」
と言って、みんなやっと涙を流すのを止めた。あたしにはお爺ちゃんの話をしなくなったこと、無理に亡くなったという事実から目を逸らすのが不思議で、違和感があった。
一応言っておくけどあたしだって、悲しいと思ったよ。だけど、他の家族との違いは、みんなには「悲しい」だったものが、あたしには「悲しいと思う」ものだったのだろう。 ほんの少しの違いなのかも知れないけど、あたしはみんなより心に優しさが足りなかったのではないだろうか。
お爺ちゃんは亡くなる瞬間どんな気持ちだったのだろう。やはり死が怖いと怯えていたのだろうか。それにしては、お爺ちゃんの死に顔はとても清々しく見えたのだけど。
あたしは今、死が怖いし、悲しい。お爺ちゃんが亡くなったときは他人事だった死というものが身近なものだと痛感する。おじいちゃんの前で泣きじゃくっていた岳人を幼いと言ったが、実は幼いのはあたしの方だったのではないだろうか。
もしも、あたしがあと三年強で死んだら家族のみんなはどんな声を出してくれるのだろう。やはり涙を流してくれるのだろうか。どんな顔であたしの死体を見つめるのだろう。想像が出来ない。いや、岳人の泣き顔なんて想像したくもない。あたしが死ぬことも怖ろしかったけど、岳人達に悲しい想いをさせることも悍しい。死に恐怖を感じる理由ははっきりとは分からなかったけど、岳人を泣かせることは明らかに忌まわしい。それは理由が分かるとか分からないではなくて、理由などないのだ。もしかしたら岳人達に嘆かわしい思いをさせなければ、死が与える恐怖心など耐えられるものかもしれない。それは願望でもあり、期待でもあった。
あたしの溢れる涙を止めることなど叶わなかった。どうして涙が流れるのか分からないのだもの。止める術など分かるはずもない。まったくこの世は分からないことばかりで不便で仕方がない。
夜はとにかく長かった。死ぬという事実が怖ろしい。そのことで誰かが泣いてしまうことはとても切ない。ふたつの感情は途切れることなく交互に続いて、いつの間にか窓の隙間から朝日が差し込んできた。
それが何時だったのかは確認もしていない。ただ、さすがに苦しみ疲れてようやく眠りに堕ちた。その後、目が覚めたときのこともあたしはまるで覚えていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます