第8話 茜、黄昏時に死す

「どうして俺が鏡だとわかった?」


「見た目は変えられてもくせは隠せないもですよ」


「そうか! さっきのストレッチだな。俺としたことが……」


 メガネとニット帽を外し、変装を解く。鏡部長は浪人4年、留年4年のだ。大学内では自由人の異名を持つ。


「薫は? 薫はぶじなのよね?」


「安心しろ! 今ごろは、のんびりと温泉にでも浸かっているだろうよ。実は予約した温泉宿って、ここからすごく近いんだぜ」


「カーナビの目的地がダミーだったというわけですね」


 鏡部長だけは先週もここにきている。だからナビに頼る必要もなかったというわけだ。


「すごいぞ、茜。想定外のこともあったが、俺の思い描いていたストーリーのさらに上をいっている」


「でも、どうしてこんな手の込んだ……」


「正直に言うよ。俺は茜にれてたんだ。でもなにをやってもこの想いは届かなかった。俺はもうすぐ卒業だ。大学の規則でこれ以上は留年もできない。茜との接点がなくなってしまう。だから今回、こんな手の込んだ仕掛けを用意し、みごと探偵役を務めあげた加賀が実は俺だったという流れで、頭のいい茜を惚れさせようとしたんだ」


「ごめんなさい。鏡部長の想いに気付けなくて……」


「そんな言葉が聞きたかったわけじゃない」


 鏡部長は、首を左右に大きく振る。


「嫌いだったら嫌いとはっきり言ってくれ。佐倉たちとは楽しそうに話してたし、葉桐とは抱きあってたじゃないか!」


 どうやらわたしたちの行動は、鏡部長に観察されていたようだ。


「どうせ俺のものにならないならいっそのこと殺してやる!」


「冗談はよしてください。それに、わたしの隣にいる光は『全国高校空手選手権大会』準優勝の猛者もさです。勝ち目はありませんよ」


「それは知っている。だから奥の手を用意した」

 

 鏡部長はそう言って、ポケットからナイフを取り出した。それを自らの指先に押しあてる。いつの間にか床に置かれていた黒光りする石に、その血がささげられた。


「これで契約成立だ!」


 周囲の空気がいっきに冷たくなる。

 鏡部長からは異様な気配がただよい始め、風がうず巻く。まるで悪魔にでも取りかれたかのような表情へと変貌へんぼうしていた。


「これが人外じんがいの力か! すごいぞ」


 言っている意味がわからない。

 渦巻く風がさらに強さを増し、あらしとなってわたしたちをおそった。立っていられなくなったわたしたちは拝殿の壁板ともども吹き飛ばされ、急斜面の下まで転がり落ちた。



 ――少し気を失っていたようだ――。



 目覚めると、わたしを抱きかかえるの顔が横にあった。急斜面を転がり落ちたはずなのにわたしはほとんど無傷だった。

 体を起こし、姉に声をかけるも反応はなかった。姉は頭部から大量の血を流し、それは今もなお地面に広がり続けていた。


「お姉ちゃん!」


 わたしは大声で叫びながら姉の体をすった。


「ご……め……ん…………わたしミスっちゃった」


「だめっ! 目を閉じないで。今、目を閉じたら……」


 涙があふれて止まらない。

 このままでは姉が死んでしまう。



 は、震えながらの顔に手をかざした――すでに息はなかった。

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