第1話 隠れ神社

 すでに山道を車で3時間以上も走っている。

 窓から空を見上げると、昼間にもかかわらず空はどんよりと曇ってきていた。


 数分後――車の屋根を雨粒が叩き始め、その音は段々と強くなっていった。裸木はだかぎばかりの景色が雨でにじみ、その輪郭りんかくをなくす。変化のなかった景色でも、こうして見えなくなると急にさびしくなるものだ。


ひかりあかね、エアコンの温度少し上げようか?」

「いいえ」

「大丈夫です」


「いつも思うことだが、お前ら本当に阿吽之息あうんのいきだな」


 愛車のエルグランドを運転するかがみ部長がセカンドシートに並んで座るわたしたちに声をかけてくれた。金持ちながら気配りのできる男だ。


「部長、飲み物ない? ボクのどかわいた」


 助手席に座るぽっちゃり体型の副部長、かおるが不満をらす。


「たしか3列目シートの下にクーラーボックスがあったはず。茜、すまないが薫に水を渡してやってくれないか?」

「わかりました」


 薫はペットボトルの水を受け取ると、それを一気に飲み干し、再びスナック菓子を食べ始めた。そりゃ喉も渇くでしょうね。強まる雨足が幸運にも不愉快きわまりない薫の咀嚼そしゃく音をかき消してくれた。



※※※



 1時間後――大きなトンネルの手前で、車が路肩ろかたに寄り停車した。鏡部長は首を大きく回した後、頭を左右に倒す。首の筋肉をほぐすというよりは彼のくせのよなものだった。


「まさか故障? 目的地の殺生岩はまだ先だよね」


 薫が表情を曇らせる。

 今回、2泊3日のサークル旅行の目的は、数日前にTVで報道された『割れた殺生岩』を実際にこの目で見ることにあった。地元の資料館では九尾きゅうびきつねを封印した岩として紹介されているそうだ。


 ――ドンッ、ドンッ、ドンッ――。


 突然、空砲のような大きな音が3回連続で鳴り響く。


「なにかの合図かしら?」


「好奇心旺盛おうせいだな茜。でも、俺たちが気にするようなことじゃないだろう。それより、さっき一瞬だけど谷側に人の姿が見えたんだ。俺の事前調査ではこの辺りに『隠れ神社』ってのが存在するらしいぜ。なぁ、せっかくだから確認しに行ってみないか?」


「えっ、そうよ」

「ボクはその『隠れ神社』に興味あるけど!」

「茜は、どう思う?」

「う~ん。ちょっとだけなら……」

「よしっ、賛成多数だ! 光もつきあってもらうぞ」



 さいわい雨はすでに上がっている。

 それでも水まりのできた狭く荒れた道は、わたしたちが先に進むことをこばんでいるかのようであった。


「きっとトンネルの開通とともに使われなくなった道なんだろうなっ」

「それで神社も一緒にすたれてしまった……とか?」

 

 会長の感想にわたしが答え、会話が途切れた。


 九十九つづら折りの道をひたすら下ると分岐点に到達した。「こっちだ」鏡部長は自信満々に進むべき道を指し示す。


 本当に、信じて大丈夫?


 トータルで15分くらいは歩いただろう。

 薫の息が上がり体力の限界が見えてきた。わたしが「引き返そうよ」と言おうとしたちょうどそのとき、木々の隙間から古びた神社が姿を現した。10人ほどのひとだかりとともに。


「村長、こいつらの仕業しわざに違いねぇぜ」

「よし! とらえよ」


 あっという間に、村人たちに取り囲まれると、わたしたちは拝殿の中へと押し込められ拘禁こうきんされてしまったのだった。

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