第39話 そのメイド 『封印』

「ルシウスとラグが……冥界人……? ロザンナさんと同じ……」

 そして、死神結社の宮殿でルシウスがシェフを、ラグは庭師ガーデナーを勤めている……にわかに信じがたい話だ。まったく予期していなかった事実に、ミカコは驚愕するのだった。

「俺とラグが、ヴィアトリカお嬢様に仕える家政婦長ハウスキーパーのロザンナに呼ばれてこの屋敷に来たのが、今から半年前のことだ。

 最初は驚いたぜ。日本国内にある広大な森の中に、十九世紀頃に栄えたであろう街があるなんて……

 おまけに、ロザンナは俺達よりも仕事が出来るし頭がいい……この半年間、地獄のようにこき使われて、いい加減うんざりしてたところにおまえさんが臨時のハウスメイドとして屋敷に来てくれたもんだから、ほんと助かったぜ」

「私でお役に立てられたのなら、恐悦至極に存じます」

 何故か、妙にかしこまった言い方になってしまったが、曖昧に微笑みながらそのように返事をしたミカコは、

「私は、冥界人めいかいびとじゃないからよく分からないけれど……使用人としてのあなた達は、とても仕事が出来る人であることはよく分かったわ。ルシウス、ラグ。私に、力を貸して。彼を封じるには、あなた達の力が必要なの」

 徐に立ち上がり、凜然たる雰囲気を漂わせてルシウス、ラグに協力を促した。

「もちろんだ」

「僕らで役に立てるのなら、喜んで力を貸すよ」

 自信に満ちた、凜々しい笑みを浮かべたルシウス、ラグが交互に返答。

 この二人は初めから、ミカコの手助けをするために駆け付けたのだ。それはミカコにも伝わっている。だからこそ、力を貸してくれると信じたのだ。



 ビンセント家の、広大な屋敷の玄関ホールにて。家政婦長ハウスキーパーのロザンナと執事バトラーのジャンがサーベルを手に激しい攻防戦を繰り広げている。

 ヴィアトリカお嬢様を手にかけようとする者と、それを阻止する者。

 双方の力がぶつかり合い、火花を散らす。譲れぬものを賭けた、真剣勝負である。

「……?」

 ジャンと刃を交差させ、後方へ飛び退いた時だった。ふと背後で人の気配を感じ、ロザンナが不審に思ったのは。

「……そのままで、聞いてください」

 ロザンナと背中合わせになりながら、凜然たる雰囲気を漂わすミカコが、ロザンナにしか聞こえないくらいの小声で話し始める。ロザンナはポーカーフェイスで、前方に佇むジャンと対峙した。

「時間がないので、手短に要件をお話しします。私は今、ルシウスに術をかけてもらって、一時的に姿が見えなくなっています。ラグには引き続き結界を張ってもらって、私がまだ、階段の踊り場で動けないでいるように見せかけています」

 ロザンナはちらりと階段の踊り場に視線を向ける。依然として、階段の踊り場で横向けに倒れる神仕かみつかいの姿を視認した。

「隙を突いて、ジャンを一気に叩く。これから私の言う指示に従ってください。一度しか言わないので、よく聞いてくださいね」

 なるほど……それは、名案です。

 ミカコからの指示に、ロザンナは面白いと言う風に、不敵な含み笑いを浮かべたのだった。


 階段の踊り場で結界を張るラグの肩越しから、ルシウスが持参したライフルを撃つ。

「……っ!」

 後方から飛んできた銀色の弾丸がジャンの右腕に命中。激痛に顔を歪め、ロザンナめがけ突進しようとしたジャンの動きを止める。

 その隙を見逃さなかったロザンナが突進。サーベルを前に突き出し、ジャンにトドメを刺す。

聖なる刃セイントブレード!」

 ミカコが悪魔を封じる呪文を叫んだ。

「そんな……馬鹿バカな……っ!」

 不意を突かれ、胸に刃を受けたジャンが、力が抜けたようにガクッと膝をつく。右手にサーベルを携え、ビシッと佇むロザンナ。

 丸い形の、赤い宝石が真ん中にはまる黄金の剣を手に、ロザンナの傍で凜然と佇む神仕いの姿がはっきりと見て取れる。

「……お見事。私の負けです」

 そう呟いたのを最期に、観念したように微笑んだジャンが、変身が解けて元の魔獣モンスターの姿となり、パンッと軽い音を立てて一枚のカードに早変わりした。それが、悪魔を封印した証となるのだ。

 フッと冷ややかな笑みを浮かべて見届けたロザンナが呟いた。

「封印完了……ですね」と。

「そうですね」

 ロザンナの動きに合わせて、ジャンと言う名の人間に化けていた魔獣モンスターに剣を突き刺し、呪文を唱えて封印したミカコが素っ気なく返事をする。

 ルシウスがミカコにかけた術の効果は三分。時間が過ぎると術が解け、姿が見えてしまう。

 ロザンナがサーベルでトドメを刺す直前、ミカコは封印のつるぎで以て魔獣を封印。ルシウスの術が解けたのは、その直後だった。まさに、間一髪である。

「ヴィアトリカお嬢様が心配です。すぐに向かいましょう!」

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