第40話 そのメイド 『歌唱』
背中にコウモリのような大きな翼を、頭に二本の角を生やした肉食獣のような悪魔を封じ、安堵するのも束の間。すぐに気持ちを切り替えるとミカコは、二階の、ヴィアトリカの部屋へと急ぐ。ロザンナ、ルシウス、ラグもその後に続く。
「お嬢様!」
戸が開けっぱなしになっている部屋に、一番乗りで駆け付けたミカコの大声に反応したヴィアトリカが、ギロッとミカコを睨めつける。まるで野獣のような鋭い眼光を放ち、禍々しい悪魔の雰囲気が漂っている。今にも襲いかかってきそうだ。
「下がって!」
危険を察知し、ヴィアトリカの前に進み出て、盾代わりとなったロザンナがミカコを下がらせる。
「ロザンナ……ここから出せ!」
ヴィアトリカがロザンナを威嚇する。その様はまるで、悪魔に取り憑かれた猛獣だ。ヴィアトリカは正気を失ったままだった。
「申し訳ございません。魔除けの結界を解くのに手間取っておりまして……もうしばらく、お待ち下さい」
「ふざけるなぁぁぁ!!」
片手を胸に添え、恭しく頭を下げたロザンナに、ヴィアトリカが声を荒げ、怒り狂った猛獣の如く吠える。
「今すぐここから出せ!! さもないと……この娘がどうなってもいいのか!?」
ヴィアトリカに取り憑く悪魔が、まるで刃物のように先が尖った爪を、ヴィアトリカの喉元につきつける。もやは、一刻の猶予もない。
落ち着いて……考えろ!
悪魔を封じた筈なのに、魔除けの結界の中にいるヴィアトリカは依然として、悪魔に取り憑かれたまま……
しばし、ショックを受けていたミカコは、はっと我に返り、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
どうしたら、ヴィアトリカが正気を取り戻してくれるのだろう。
必死で思案していたミカコはふと、あることを思い出した。ヴィアトリカは、日本にゆかりのある歌が大好きだ。それならば……もう一度、ゆっくりと深呼吸をしたミカコは歌い出す。
「この歌は……」
ミカコの歌声に、耳を傾けたロザンナ、ルシウス、ラグが反応を示す。今、ミカコが歌っているのは滝廉太郎の『花』だ。
もとはハウスメイドとしてこの屋敷で働くミカコが口ずさんでいた歌だったが、何度も聞いているうちに、歌詞とメロディー、そして作曲家の名前までもすっかり覚えてしまった。そして三人が知る限り『花』は、ヴィアトリカお嬢様のお気に入りの歌である。
「なるほど……そう言うことですか」
ミカコの歌声を聞きながら、その思惑を察知し、気取った含み笑いを浮かべたロザンナは、何もかも見透かしたような雰囲気を漂わせるのだった。
ミカコの歌声にヴィアトリカが反応した。
「うぅっ……」
正気を取り戻しつつあるヴィアトリカと、彼女に取り
「……悪魔め……勝手に、私の体を乗っ取るとは……許せん」
「お嬢様……?」
不意に歌うのを止めたミカコが、不安そうに問いかける。
「待たせたな……さぁ、封印してくれ! 私が正気でいられる、今のうちに!」
正気を取り戻し、凜々しい笑みを浮かべたヴィアトリカが本気でミカコを促す。
ヴィアトリカの頼みを受け、ミカコはゆっくりと歩み寄り、ロザンナの脇を通り抜けて、結界の中に入ると、愛情を込めてヴィアトリカを抱きしめた。
「お嬢様……よく、頑張りましたね」
優しく微笑み、言葉をかけたミカコは、白く、ほっそりとしたヴィアトリカの手を握り、
「
静かに呪文を唱えて、悪魔を封じた。その直後。身の毛もよだつ悪魔の断末魔が部屋中に響き渡り、一枚のトランプのカードが出現した。
「悪魔封じにも、いろいろなやり方があるのですね」
長きにわたり、ヴィアトリカに取り憑いていた悪魔を封印し終えたあと。気を失ったヴィアトリカを寝室のベッドに寝かせたロザンナが徐にミカコに話しかける。
「そうですね……」
真顔で返事をしたミカコはやおら、胸中を吐露した。
「さっき……ジャンを封じた時に思ったんです。今までは
ヴィアトリカお嬢様のように、悪魔に取り憑かれた人間を相手に戦って、封じなければならない。そんな時は、出来るだけ惨くならないようにやり方を変えないと……と」
対戦相手が
出来るだけ、剣の刃を使わずに、ヴィアトリカに取り憑いた悪魔を封印する。そうしてミカコは、
「たとえ本物の人間相手だろうと、私ならばなんの
あなたも、悪魔との対戦において、
氷のように冷めた笑みを浮かべたロザンナ。徐に、左腰に差しているサーベルを引き抜くと、その先端をミカコに向けた。
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