第37話 そのメイド 『決闘』

 冷酷な雰囲気を纏い、ジャンがミカコにトドメを刺そうとした、その時。ビンセント家の紋章入の銀色のナイフが三本、ジャンめがけ飛んできた。

「……これは一体、なんの真似です。ミセス・ワトソン」

 飛んできた三本のナイフを、咄嗟にガードした左腕で受け止めたジャンが静かに尋ねる。

 ジャンが、眼光鋭く睨めつける階段の頂上に、悠然と佇むロザンナの姿がそこにあった。

「これは失礼。気分を悪くされたお嬢様に食事を差し入れる途中だったのですが……うっかり手が滑ってしまいました」

 わざとらしく言い訳をしたロザンナに、ジャンは左腕に刺さったナイフを全て抜き、いつもの冷静さで以て指摘した。

「私にはとても、うっかり手が滑ったように見えませんがね。それに……カトラリーとは元来、食事をする際に用いられるもの……人に向けて投げるものではありませんよ」

「心得ております。緊急事態につき、やむを得ず使用したこと、お許しください」

 そう言って、ロザンナは胸に片手を添えて恭しく頭を下げる。

「緊急事態……そう言えば、あなたもぐるでしたね」

 徐に立ち上がり、ロザンナと対峙したジャンが冷ややかに口を開く。

「知っていたのでしょう? 私の正体を……いつから、気付いていたのです?」

「あなたが執事バトラーとして、ビンセント家に仕え始めた時から……でしょうか。あなたが悪魔だと気付くのに、そう時間はかかりませんでしたよ」

「なら何故、私に手を下さなかったのですか。あなたほどの実力者なら、悪魔の私を消すことくらい容易たやすいでしょう?」

「確かに……ですが、私の力では、根本的な解決に至りません。悪魔討伐はやはり、その専門職に就く者でなければ解決しないのです」

 専門職に就く者……

 ロザンナからの返答を受け、ジャンは背にする神仕かみつかいのミカコを見遣る。

「神仕いをこの屋敷に招き入れたのは……あなたですね」

 鋭いジャンに、ロザンナは不敵な含み笑いを浮かべる。

「その通り。ヴィアトリカお嬢様のご両親が殺害されて早二年……そろそろ、あなたがお嬢様殺害に動き出すだろうと推測し、先手を打たせていただきました」

「なるほど……それで臨時のメイドを募り、ミカコを屋敷に招き入れたのですね。神仕いが、女性であることを知っていて」

「ええ」

「あなたはよほど、頭の切れる冥界人めいかいびとであると見受ける。私はあなたをあなどっていましたよ。ミセス・ワトソン……あなたにとって私が邪魔者であるように、私にとってもあなたが邪魔者でならない。この辺で、決着を付けませんか?」

 しばし、ロザンナと会話が続いたところで、殺伐とした雰囲気漂う真顔を浮かべたジャンが、己の闇の魔力で以て出現したサーベルを携え、ロザンナを睨めつけると、決闘デュエルを申し込む。

「そうですねぇ……私もちょうど、あなたと同じ事を思っていたところですし……」

 薄ら笑いを浮かべて返事をしたロザンナは、

「ジャン・クリーヴィー。このまま、あなたの思い通りにはさせません。お嬢様を賭けて、私と勝負なさい!」

 さやから静かに引き抜いたサーベルをジャンに向け、気迫で以てビシッと声を張り上げた。

「そうでなければ、面白くない」

 そう、フンッと冷笑を浮かべて、ジャンは呟く。同時にシュッと姿を消して、広い玄関ホールに瞬間移動した家政婦長ハウスキーパーのロザンナと執事バトラーのジャン。光の速さで突進し、剣を交差させる。鋭利な刃同士がぶつかる音に火花が散った。

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