第36話 そのメイド 『対峙』

 ロザンナの指示通り、ミカコが扮するエマは、使用人のラグ、ルシウスと接触。悪魔の気配が感じられないことから、二人は白と判定。本物のエマは現在、ロザンナに頼まれて市場へ買い出し中だ。とくれば、残るはもう、あの人しかいない。

 そのように推測したミカコは執事バトラーのジャンに絞り、玄関ホールにて、階段を上がって行くその姿をたまたま発見し、接触したのだった。

「悪魔を封じる者が、私に何用です?」

 切れ長の、エメラルドグリーンの瞳が鋭くも怪しい光を放っている。

 ジャンから漂う悪魔の気配がより一層強くなって行く。ジャンが放つプレッシャーに耐えながらもミカコは平常心を保ち、問いかけた。

「あなたから、禍々まがまがしい悪魔の気配を感じる……ヴィアトリカお嬢様に悪魔を取りかせたのは、あなたね?」

「……流石は、悪魔封じの神仕いだ。そのことまで気付いているとあればもう、隠す必要はない」

 フンッと冷笑を浮かべたジャンが、観念したように口を開く。

「そうです。私のこの姿は仮の姿……二年前にヴィアトリカお嬢様の両親を殺害し、お嬢様までも手にかけようとした悪魔……それこそが、私の真の姿なのです」

「何故……ヴィアトリカの両親を殺害したの?」

「ビンセント家は先祖代々、悪魔払いを生業なりわいとする家系でした。私の同胞もまた、優秀な悪魔払いのビンセント家に討伐されて来たのです。

 年代とともに悪魔払いが増え、同胞の数も減り、このままでは滅んでしまう。そう考えた私は、悪魔払いの撲滅に乗り出しました。

 気が遠くなるほどの長い年月をかけ、悪魔払いをほろぼしてきた私はついに、その中でも強力なビセント家に辿り着きました。

 執事バトラーとして、ビセント家に仕える身となり、私はチャンスを窺っていました。そうして二年前のあの日……絶好のチャンスが巡ってきたのです」

 その日は、ヴィアトリカお嬢様にとっては父親に当たる、ビンゼント家の前主、ゲイリー様主催のパーティーがこの屋敷にて開催されていました。

 親しい友人知人らを招いてのパーティーだったのですが、中には十年近く顔を合わせていなかった友人らの姿もあり、ゲイリー様はよほど気分を良くしたようで、いつもよりも多くお酒を召し上がっていたのです。

 そう、私が予め、ゲイリー様が召し上がったお酒に眠り薬を仕込んでいることも気付かずに……

 私はすぐさま、実行に移しました。家の者が寝静まるのを待ち、灯りが落ちた寝室に忍び込み、ひとつのベッドで肩を寄せ合い、幸せそうな顔をして寝入っているビンセント夫妻に近づきそして……

 ビンセント家が、最後の悪魔払いでした。なので夫妻を殺害した私は、ヴィアトリカお嬢様までも手にかけようとしたのです。

 結局それは、予想外の邪魔者が介入したせいで破綻してしまいましたが」

「それって……」

 話を聞いて、はっと何かに感づいたミカコだったが、ジャンの様子がおかしいことに気付き、口をつぐむ。

「そこから先は、あなたには知る必要のないこと……私の正体を見破られた以上、あなたを生かしておくことは出来ません」

 不敵な含み笑いを浮かべたジャンが、

「ご覚悟は、よろしいですか?」

 徐に左手首を掴むミカコの右手首を掴み、冷酷に宣告。

「……っ! ああぁぁぁ!!」

 ミカコの手首を掴むジャンの手から強力な闇の魔力が放たれ、びりびりとした激痛が全身に走り、ミカコが悲鳴をあげる。

「闇の魔力が強力過ぎる故、一度ひとたび私の力を食らうと死ぬまで体をむしばむ。その状態ではとても、私を封じることは不可能ですな」

 階段の踊り場に倒れ、身動きが取れなくなったミカコを見下すジャンが、

「このまま放っておいても死ぬでしょうが……それでは時間がかかってしまう」

 残酷にそう告げると、徐に屈んで手を伸ばし、ミカコの首筋に触れる。

「今すぐ、楽にしてあげましょう」

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