Ⅲ 明かされる真実
第30話 そのメイド 『休日』
ふと意識が戻り、閉じていたまぶたをゆっくりと開けてみる。見覚えのある天井が、ぼやけた視界から見えていた。そこは、ビンセント邸に設けられている、使用人用の部屋より上階にある、寝室の中だった。
自分が何故、この場所で眠っていたのかは分からない。ただ、ここ以外の屋敷でメイドではなく、他の使用人として働いていたような、そんなぼんやりとした記憶があるだけだ。
室内は、カーテンが開かれた窓から射す陽光で明るい。視界がはっきりとしたミカコはそっとベッドから起き上がると身支度を整えた。
クローゼットの扉を開けて、白いワンピースの寝間着から制服に着替える。それからクローゼット脇に置いてある姿見の前に立ち、髪型を整えるとミカコは部屋を出た。
使用人用の部屋には誰もいなかった。ミカコはそこの洗面台で顔を洗い、頭に付けたホワイトブリムを、持参した手鏡で以て、整えていく。
そして、いつもより遅い朝食をとり、洗い物を済ませた後、ミカコは部屋を出た。
「ミカコ!」
部屋の戸を閉め終えた時のことだ。背後から呼び止める声がしたのは。その声に反応をしたミカコは振り向いた。すると……
「エマさん!」
メイド服姿のエマが、驚きの表情をしてそこに佇んでいた……かと思えば、いきなり駆け寄って、思い切りミカコを抱きしめた。
「良かった……目を覚ましたのね。二日間も眠っていたから、心配していたのよ」
「そうだったんですね……すみません、心配させてしまって……」
まるで、我が子を心配し、元気な姿を見て心底安堵する母親のように振る舞うエマに恐縮するミカコはそう返事をした。
「ご飯はもう、食べた?」
「はい。たった今、この部屋でいただきました」
「そう……それなら良かった」
慈愛に満ちた顔をミカコに向けて会話をするエマがふと、思い出したように話を切り出す。
「そうそう……ミセス・ワトソンから、あなたに伝言。今は、いろいろと疲れているだろうから、しばらくの間、お休みしていいそうよ」
思いがけないお休みをいただいたので、ミカコは早速、制服から私服に着替えると屋敷の外に出た。
白色のブラウスの上から栗色のストールを羽織り、ストールと同じ色のロングスカートを穿いて、街へと向かう。
街の中心部から西に外れたところまでやって来たミカコは、その場所に存在する立派な聖堂の前で足を止めた。
綺麗に敷き詰められた石畳の道の端、広大な森を背にほどよい大きさの聖堂が、暖かな陽光を浴びて光り輝いている。
不思議ね。こんなところに聖堂があったことすら知らなかった筈なのに、何故か足が覚えていて、気付いたらこんなところまで来ていたなんて。
複雑な笑みをこぼすとミカコは、神々しい雰囲気を漂わせる石造りの聖堂の入り口前に佇み、観音開きの扉を開けて中へと足を踏み入れた。
ギィ……と、微かに軋んで扉が開いた正面玄関口を通り、聖堂の奥へと進むにつれ、最初に訪れた時と同じ、なんとも言えぬ安らぎで心が満たされる。
ところどころひび割れた、石造りの床。左右に並ぶ、木製の長椅子。奥には主となる金色の十字架と祭壇が、美麗な巨大ステンドグラスを背に神々しくも圧巻な雰囲気を纏っている。
ステンドグラスには、この街の風景や森、建築物を背に、この地にゆかりのある食べ物や産物を手にした聖人が、聖母を中心にして描かれていた。
ショートカットの、ブラウン色の髪をした青年が一人、陽光に照らされて美麗に輝くステンドグラスを見上げている。
黒色の燕尾服を着た姿で姿勢がとても良く、後ろ姿だけで気品さが漂っていた。
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