第31話 そのメイド 『選択』
不意に立ち止まったミカコの視線に気付いてか、青年がゆっくりと振り向いた。ミカコが思わず頬を赤らめるほどの、スマートな美青年である。
「あっ……すみません。お邪魔してしまって……」
青年と視線が合い、気まずくなったミカコは咄嗟に謝る。ふと微笑んだ青年がやんわりと否定した。
「いいえ、そんなこと……」
青年からの返事を聞き、ほっとしたミカコは親しみを込めて会話をする。
「とても、綺麗ですよね。この聖堂にあるステンドグラスを初めて目にした時はとても感動しました」
「以前もここに、いらしたことがあるのですか?」
「はい……と、返事をしたいところなのですが、実はその辺が曖昧で……この聖堂を訪れたのは、今日が初めての筈なのに何故か、初めてじゃないような……なんとも言えない複雑な記憶が、あるんですよね」
「そうなのですね」
ミカコの胸中を察し、控えめな表情をした青年が気遣わしげに返事をするとミカコを励ます。
「今は辛いと思いますが……きっと、時が解決してくれます。それまでの辛抱ですよ」
「ありがとうございます」
見ず知らずの美青年に励まされ、気恥ずかしくなったミカコは苦笑しつつもそう返事をしたのだった。
街の中心部から西に外れた場所に所在する聖堂を後にし、そこからほど近い、噴水の広場まで移動。広場から東の方へ進んだところにある、二階建ての洋館の前で立ち止まる。
こんなところに、屋敷なんてあったんだ。
ミカコがそう、黒い鉄柵の門越しに
「おかしいな……昨日までは、こんな場所に屋敷などなかったが」
ミカコの右隣に佇んだ人物がそう、重厚感を纏った、クラシックな洋館を眺めながらも訝った。声からして女性のようだが、銀白色のマントを羽織り、フードを目深に被る、いかにも怪しい人物だ。
通常なら、こんな場面に出くわしたらすぐにでもスルーするところだが、それをしてしまうとこの物語自体が進まなくなってしまうため、ここはあえて、この人物に触れてみようと思う。
「……ここにはもともと、何があったんですか?」
意を決したミカコの問いに、洋館を見詰めたまま、怪しげな人物が返答する。
「ローズガーデンだよ。誰でも無料で入れるガーデンが、ここにあったんだ。けれどいつの間にか、それ自体がなくなってしまったらしい」
ローズガーデン……
聞き慣れない場所の名前が出て来て、ミカコは不可解に感じた。
いや、私が知っているのはローズガーデンではなくて……ここには確か、白を基調とした、豪華絢爛な屋敷があった筈……って、なんでそんなこと知っているのよ私!
「どうやら、私が言ったことに疑問を抱いたようだね」
フッと、気取った笑みを浮かべたであろう怪しげな人物に話しかけられ、ミカコはどきっとする。
「私の記憶違いでなければ……以前、ここには白を基調とした、豪華絢爛な屋敷が建っていた。その跡地に出来たのが、ローズガーデンなんだよ」
「やけに、詳しいんですね」
「かつて、この場所に建っていた屋敷の主人とはちょっとした知り合いでね。彼は自身の、真の正体を我々に知られて痕跡ごと、存在自体を消したのだ。これはあくまで、私の推測に過ぎないが……」
「その人って……」
心当たりがあるミカコが不意に、屋敷の主人の特徴を口にする。
「群青色のハットにフロックコートを着た、貴族の青年……じゃありません?」
かつて、この場所に屋敷を構えていた主人の特徴を言い当てたミカコに、少々驚いた怪しげな人物が洋館から視線を外すと感心の声を
「よく分かったな」
「その人の特徴だけは覚えていたので。名前は知りませんけど」
「そうか……」
平然と返事をしたミカコに視線を向けつつも、静かに返事をした怪しげな人物は、唐突に話を切り出す。
「いきなりこんなことを言うと、変に思うかもしれないが……かつて、この場所に屋敷を構えていた貴族の青年のことは、きみにも関係しているんだよ」
「えっ……?」
唐突に話題を振られ、ミカコは当惑の表情をした。何をどう返事をすればいいのか分からずにいると、
「私は、知っている。二日間も、きみが眠りにつく前に何が起きたのかを。今のきみにとっては、私の正体も気になるところだろう? それも含めて、二日前に明かされた真実を話そうと思うのだが……この場合、きみならどう判断する?」
ミステリアスな雰囲気を漂わせて、含み笑いを浮かべた怪しげな人物がそう、気取った口調でミカコに選択を迫ったのだった。
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