第27話 そのメイド 『心境』

 シャギーカットが施された、首に掛かるくらいの栗色の長髪、髪と同じ色をした垂れ目のアロイス・アルフォード様は目をみはった。

 執事のツバサとしての僕と対面しているアロイス様こそ、ハウスメイドのミカコを連れ去った貴族の青年なのである。毎回、屋敷の外に出る時に着用する群青色のハットとフロックコートが、何よりの証拠だ。そしてもうひとつ、アロイス様の内に隠された秘密を知っている僕は口を開くとたたみかける。

「僕が気付いたのは、それだけではありません。僕が今の姿ではなく、黒のロングコートを着た悪魔の姿をしていた時、アロイス様は僕にこう仰いました。

『この世界には、きみの命を脅かす力を持った人間がいる。屋敷の中にいる時も常に、人間の姿に変身して正体を隠すこと。くれぐれも、他の人間に、正体を知られてはならない』と。

 それは、以前から僕のことをご存じで、心配してくれたから……ですよね。

 この世界に相応しい貴族のアロイス・アルフォード様として、時に厳しく、時に優しく、使用人の僕に接してくれるそのお姿はまさに、ロビン様そのもの……

 なので、緊張感はあったものの、身近でロビン様に見守られていると、そう思うだけでとても心強かったです」

 しばし、僕の話に耳を傾けていたアロイス様、やがて含み笑いを浮かべると観念したように口を開く。

「……正体を隠したままにしておくと、ふとした瞬間にボロが出てしまうものです。

 何気ない言動から推測し、私の、真の正体を見破るとは大したものですよ。セシル」

「僕は、ロビン様に仕える魔人なので……どんな人に化けていようと、ご主人様が誰なのか、すぐに分かってしまうんですよ」

「さすが……私が見込んだだけのことはありますね」

 得意げな笑みを浮かべて告げた僕に、感心したロビン様はそう返事をすると促した。

「それで、あなたは私に、何を告げに来たのです?」

「それは……」

 降参の微笑みを浮かべて促すロビン様に、僕は真顔になると心境を吐露した。

「魔界にいた頃は、下級悪魔にも勝てなくて……こんなに情けなくて弱い僕を、ロビン様は温かく見守り、受け入れてくれました。

 時に厳しく、叱ってもくれて……その後は、たくさんたくさん愛情を注いでくれました。だからこそ、ロビン様にいいたいんです。

 いつまでも弱い存在でごめんなさい。こんな僕だからこそ、もっともっと強くなりたかった……

 もっと……ロビン様に仕える魔人として役に立ちたかった。こんな僕を愛してくれて、ありがとうございました」

 あふれ出しそうな涙を必死に堪え、肩を震わせながら僕は、精一杯の笑顔を浮かべた。

 もうすぐ、最弱の魔人セシルとしての、僕の記憶がなくなる。ロビン様に仕える悪魔として、この世界で、ロビン様が扮するアロイス・アルフォード様に仕える執事のツバサ・コウヅキとしての記憶が消えてしまう。

 完全に記憶が消えてしまう前に、ロビン様と直接会って、感謝の気持ちを伝えたかったんだ。

 今の記憶が、頭の中から消えてしまうことはとても淋しいことだけど……ロビン様に直接、気持ちを伝えられた。それが叶って、僕は心の底から喜びを噛みしめた。

 同じ目線になるようにひざまづき、僕の頬にそっと手を添えたロビン様が、愛おしむように微笑んだ。

「セシル……私に仕える悪魔として、とてもよく頑張ってくれましたね。短い間でしたが、私の傍にいてくれてありがとう。

 私も、あなたを愛していますよ。離ればなれになっても、立場が違ってもずっと……

 セシル。思わず目を瞠るほど賢いあなたは、私にとって自慢の悪魔です。

 あなたが記憶を失ってしまっても、私の、この気持ちは変わりません。またいつか、魔界で会いましょう」

 僕の気持ちがロビン様に伝わっている。同じように僕も、ロビン様の気持ちが伝わった。

「はい」

 嬉しくてさびしくて、結局、堪えきれなくて大粒の涙を流したけれど、満面の笑顔で僕は返事をした。涙に、声を震わせながら。

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