第25話 そのメイド 『釈明』
英国貴族が好む上品で
「ここは、一体……」
「結界の中だ。これから最も重要な話をするため、一時的に結界を張り、部外者を入れないようにしたのだ」
ゆっくりと周りを見渡した後、ぽつりと呟いた僕に、ジャンヌは真顔でそう説明した。
「でも、ここって……ヴィアトリカお嬢様のお屋敷よね? なんでお嬢様のお屋敷に、私達がいるの?」
そう、鋭い質問を投げ掛けたのは、首にかかるくらいのゆるふわにウェーブした、桜色の髪の女性使用人だった。腕組みしながらもジャンヌを鋭く見据えている。
「今から私が話すことと、関係しているからだ」
ジャンヌはそう、女性使用人に視線を向けながら返答すると、僕の方に視線を向けてこう告げた。
「ツバサくん。きみは、覚えていないだろうが……今からおそよ、一ヶ月前……臨時の使用人として、きみはこの屋敷で働いていたんだよ」と。
「僕が……この屋敷で……?」
にわかに頭が混乱した僕の目を、まっすぐ見詰めながらジャンヌは頷くと語り始める。
「きみが、ヴィアトリカお嬢様の屋敷で働き始めてから十三日が経過した頃だった。
お嬢様に仕える使用人の中で最も上の立場にある責任者からの言付けで、街まで買い出しに行ったきみは、そこで不審な人物と遭遇したんだ。群青色のハットにフロックコートを着た、貴族の青年とね」
群青色のハットにフロックコートを着た、貴族の青年って……
分からないなりに、ジャンヌの話を理解しようと頑張る僕は、その話の中で出て来た貴族の青年の特徴を耳にして動揺。
その人って、まさか……
にわかに生じた動揺を隠すように、ポーカーフェースをした僕はジャンヌの話に耳を傾けた。
「時を同じくして、この世界に足を踏み入れた私は、目的とする、その人物を捜し出す手掛かりを求めて、街の中心部に向かった。不審な貴族の青年とすれ違ったのは、その道中だった。
使用人も付けずに一人で通りを歩くのを不審に思いつつも、貴族の青年とすれ違った瞬間……悪魔の気配を感じ取り、私は立ち止まった」
たった今、すれ違った青年から、悪魔の気配がした。ならば、彼は悪魔に取り憑かれたのかあるいは、悪魔そのものが青年になりすましているのかもしれない。
徐に振り向き、すれ違ったばかりの青年を、鋭い目つきで凝視しながらもジャンヌはあることに気がついた。アップにした栗色の髪に、ぱっちりした茶色い目の、十代くらいのメイドが青年を追尾していることに。
フードを目深に被る、銀白色のマントを身に纏った人間など見向きもしないで、その脇を通り過ぎ、お使い中のメイドが一定の距離を保って青年の後を追っている……これはまずい。
にわかに動揺したジャンヌは、こう言う時こそ、冷静沈着に……と自身に言い聞かせて深呼吸をするとメイドの後を追った。
最初は人通りが多かったが、やがてそれもまばらになり、通りを歩いているのは先頭を行く貴族の青年とお使い中のメイド、そしてその後から二人を追尾するジャンヌの三人だけとなった。
一度も、振り向くことなく、黙々と先を行く貴族の青年が左側に曲がった。
次に、青年から遅れてメイドが左側を曲がった瞬間、目に見えない、透明な結界が発動、行く手を遮られたジャンヌはそこで、足止めを食らってしまった。
やっとの思いで結界を破り、左側の角を曲がって駆け付けた時だった。こちら側に背を向けた状態で、気を失ったメイドを両手で抱きかかえて佇む、貴族の青年と遭遇したのは。
「待て! 彼女を、どうするつもりだ!」
咄嗟に大声を出し、待ったをかけるジャンヌに対し、群青色のハットにフロックコートを着た貴族の青年は、
「それは、あなたのご想像にお任せしますよ」
悪巧みをする悪しき者の如く、薄ら笑いを浮かべて、背後にいるジャンヌを見遣りながらそう告げた。
シャギーカットが施された、首に掛かるくらいの栗色の長髪、髪と同じ色をした垂れ目の青年からは悪魔の気配が漂っていた。
「気を失ったメイドを抱きかかえたまま、青年が忽然と姿を消してしまったがために続けることが不可能となり、私はそこで追尾を断念した。
そうして私は、貴族の青年に連れ去られてしまったメイドになりすまし、ヴィアトリカお嬢様のお屋敷で働きながら、貴族の青年に関する情報収集をしていたのだ。どうしても、連れ去られた彼女を救いたくて」
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