第21話 そのメイド 『狡猾』

 僕から見て、背を向けている剣士の青年の表情を窺い知ることは出来ないけれど空気から察するに、面前にいる女性をかなり警戒しているようだ。それは僕を挟んで女性を鋭く見据える黄土色の髪の青年も同じだろう。

 まるで、何もかも見透かしたような素振りを見せる女性を警戒するように、剣士の青年が尋ねる。

「何故、そのカラスが悪魔だと……?」

「直接、私に語りかけて来たからです。『俺様は悪魔だ。中級の賢い悪魔だ。魔王幹部の、ロビン・フォードの使い魔だぞ』と。

 いきなりこんな話をしても、信じてもらえないでしょうが……私には、幼少の頃から天使や悪魔などを目にしたり、相手から送られてくるイメージを読み取って、会話をすることの出来る能力があるのですよ。

 そのため、気配を追ってこちらに赴いたところ、そこにいる少年に取り憑くこのカラスの姿を目撃したのです」

 控えめな笑みを浮かべて、静かに返答した女性は最後にそう言葉を付け加えた。

「それで? 少年に取り憑くカラスを目撃したあなたは、そのカラスを鳥かごの中に閉じ込めたと……そう言いたいわけだな?」

「ええ。光の速さで少年に近付き、カラスを捕獲したので、あなた方からは私の姿が見えなかったかもしれません。

 それにこのカラス、ずっと少年の肩に止まっていましたが、私以外の人間の目には、その姿が見えないように術を施していたようですしね」

「……っ!」

 徐に、閉じ込めた鳥かごの中にいるカラスに視線を向けつつも、女性が平然と言及したその瞬間、その場に佇む僕と二人の青年がはっとした。

 今まで僕の肩に止まっていた、漆黒のカラスの存在に、三人とも気付いていなかったのだ。

 最弱とは言え、魔人のこの僕が、ロビン様の使い魔と豪語するあのカラスが見えなかった……だと?

 僕だけじゃない。こうして今も、前後で僕を挟んでいるこの人達だって、あの鳥かごの中にいるカラスの姿が見えなかったんだ。これは一体……

「……もうひとつ、訊きたいことがある」

 僕と同じく、鳥かごに収まるまでの間、カラスの姿が見えていなかったことへの動揺を隠すように、剣士の青年が冷静沈着に口を開くと尋ねた。

「何故、我々が悪魔退治をすることが出来る人間だと……そう思ったんだ?」

 この鋭い問いに、含み笑いを浮かべた女性が返答する。

「それは……この近くにある、噴水の広場にて、あなた方が悪魔退治をしているところを目撃したからです。そこからあなた方が退治屋であると推測して、カラスの退治を依頼しました」

 意味ありげに含み笑いを浮かべる女性から、ミステリアスな雰囲気が漂っていた。


 僕から見て、背を向けている剣士の青年の表情を窺い知ることは出来ない。

 けれど、辺りに漂う空気から察するに、ここに来る前の自身の行いに対し、非常に悔いているようだ。それは僕を挟んで佇み、片手で額部分を押さえつつ頭を抱えた黄土色の髪の青年も同じだろう。

 数秒間を置いた後、平静を装い、剣士の青年が静かに口を開く。

「……今度からは、目立ちすぎないように気をつけよう。そのカラスをこちらに……俺が責任を持って退治しておく」

「そうして頂けると助かります」

 女性はにっこりして返事をすると、カラスが収まる鳥かごを剣士の青年に預けた。

 突如として姿を見せた、スレンダーな美女から、自称ロビン・フォードの使い魔であるカラスを鳥かごごと預かった剣士の青年は、

「このカラスを退治して来る。俺が不在の間、面倒なもめ事を起こすなよ」

 後方に顔を向けて、黄土色の髪の青年を一瞥し、釘を刺す。

「分かってるよ」

 再び顔を前に戻し、メイド服を着用した美女の脇を通り、去って行く剣士の青年に向かって黄土色の髪の青年はそう、面倒臭そうに返事をしたのだった。

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