第20話 そのメイド 『相談』

 必死の形相で全力疾走。光の速さで噴水のある広場を脱出し、石畳の通りを駆けていた、その時だった。全力疾走する僕の行く手を遮る人影が……

 ようく目を凝らしてみるとそれは、たった今、たまたま通り掛かった噴水の広場で、仲間の悪魔を滅した青年のうちの一人だった。

 穿いているパンツのポケットに両手を入れて佇み、気取った雰囲気を漂わせながら、鋭い目つきでこちらを見据えている。

 遠くでぼやけていた人影が、耳に掛かるくらいの黄土色の髪に、気品のある上下白のスーツを着用した青年の姿だとはっきりとした瞬間、全力疾走していた僕の足が、まるで急ブレーキをかけた乗り物のように滑り、土埃を上げて停止した。

「確認したいことがあるんだけど……」

 すぐ目と鼻の先で急停止した僕に、黄土色の髪の青年が鋭い口調で、

「きみ……悪魔だろう」

 と、僕の正体を口にした。

「僕が悪魔だって……? そんなわけないだろう!」

 ポーカーフェイスで目一杯とぼけて見せるも、内心はパニクっていた。

 バレた。僕の正体が……何故だ! 何故、バレた?!

 確かに、今の僕は悪魔の定番カラーである黒を全身にまとっているけれど……それだけじゃ、正体なんてバレる筈がない!

「とぼけんなよ。きみから悪魔特有の、嫌な匂いがする。キザでいけ好かない、ロビンと同じ、魔人の匂いがな」

「ロビン様のことを、悪く言うな!」

 はっと気付く頃には、時すでに遅しであった。鋭い目つきで僕を睨んでいた黄土色の髪の青年がにやりとする。

「ふーん……きみ、魔王幹部にして、闇の騎士団を率いるロビン・フォードの使い魔か」

 僕は押し黙った。いまさら、そんなことをしても無意味だと言うのに。自ら正体をバラしてしまった。それでも、悪魔として尊敬するロビン様の悪口を、僕は許せなかった。

「だったらこのまま、黙って見過ごすわけには行かないな。そうだろう? 凄腕の狩人ハンターさんよ」

 そう言って、黄土色の髪の青年がとある方向に視線を向ける。すると……

「そうだな。ロビンの使い魔となれば、おいそれと逃すわけには行かない」

 いつの間にか僕の背後に忍び寄っていたとある人物が姿を見せると、背を向ける僕の肩越しから黄土色の髪をした青年に視線を向けつつもそう返事をした。

 首にかかるくらいの、レイヤーカットの金髪、黒シャツとアイボリーのベストの上からコートを羽織り、無愛想な顔で腕組みしながら仁王立ちをしている。

 まるで、屈強な軍人を彷彿させるような威圧感に、ぎくりとして背後を見遣った僕を睨めつける青年剣士の青い目が、凜々りりしくも鋭い光を放っていた。


 鋭い目つきでこちらを睨めつけ、左腰に提げている鞘から静かに引き抜いた剣を携え、仁王立ちをする二人の青年。そんな彼らに挟みうちされ、一気に青ざめた僕は、

 あぁこれ、死んだな……

 茫然と、その場に立ち尽くすと死を悟った。最弱の悪魔である僕にとって、最も出逢であいたくない天敵。一度も戦ったことはないけれど、彼らに負ける自信がある。

 彼らから漂う殺伐とした雰囲気に呑まれ、死亡フラグが立った感が否めない。

「エドガーと、この近くの広場で悪魔との戦闘をしていた時、すぐ後ろからおまえの気配を感じ取った。

 噴水の裏に隠れていたのは分かっていたが……先廻さきまわりして、正解だったな」

 僕自身の存在が、とっくにバレてたっ……! そして先廻りをして僕を待ち伏せていたんだ。

 この体から漂う、悪魔の気配で僕の正体に勘付いて……なんて怖ろしい人達なんだ!!

 なんて、内心、叫びつつ、より一層、青ざめた顔で愕然とした僕は、全身を震わせ、戦戦恐恐せんせんきょうきょうとしたのだった。


「お取り込み中、失礼します」

 そう、冷静沈着に断りを入れて、勇ましき二人の青年と、顔面蒼白で戦戦恐恐とする僕の面前に誰かが姿を現した。

 黒のロングドレスに白色のエプロンドレス、アップにした銀白色の長髪にホワイトブリムと容姿端麗の若き女性だった。ミステリアスさ漂う含み笑いを浮かべて、姿勢正しくも品良く佇んでいる。

「そこのお二人にご相談がありまして……実は、つい先程捕獲しました、このカラスの退治をお願いしたいのです」

 女性はそう言って、手に持っている小型の、アンティークな鳥かごを三人に見せた。赤い目をしたカラスが一羽、鳥かごの中にある止まり木に止まっている。

 女性の言動を不審に思いながらも僕を背に、女性と向かい合う剣士の青年が、

「普通のカラスにしか見えないが……」

 そう、胡散臭そうにカラスを見据えながらも、無愛想に返事をした。

「見た目は普通のカラスにしか見えませんが、中身は中級程度の力を持った、とても賢い悪魔ですよ」

 女性がそう、意味ありげに笑みを浮かべて告げた瞬間、その場の空気が一変、僕の顔が強張るほどの緊張感に包まれたのだった。

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