第22話 そのメイド 『賢明』

「それにしても……驚きましたよ。この世界では探偵と名乗っているエドガーくんが、悪魔を退治することの出来る退治屋だったとは」

 対面する僕の体越しから、鋭い目つきでこちら側を見据える黄土色の髪の青年、エドガーに向かって、薄ら笑いを浮かべた美女はそう言った。

 そんな美女に怯むことなく、ポーカーフェースのエドガーが静かに返事をする。

「この世界で暮らして行くためには、それなりの稼ぎが必要です。探偵だけでは食べていけないので、退治屋の仕事も兼務しているんですよ」

「たった今、こちらにいらした剣士の彼と……ですか?」

 この、妙に鋭い美女の問いを、

「いや、彼とはたまたま一緒になっただけで……」

 ポーカーフェースを崩さず、エドガーは言葉を濁しつつもそう返答して回避した。

 まるで、何かを隠しているような口振りで返答したエドガー、美女は何事もなくすました顔で応じる。

「そうですか」

「あのぅ……」

 自身を挟んで会話をする二人に、なんだかもやもやした僕は口を挟む。

「そろそろ、僕を挟んで会話するの、止めてもらっていいですか?」

「これは、失礼いたしました。お詫びに、私からひとつ、面白いお話をいたしましょう」

 胸に片手を添えて、恭しく頭を下げた美女はむっとしている僕に詫びると、話を切り出した。

「つい先程まで私と一緒にいた、あのカラスのことなのですが……実は、この近くにある噴水の広場で戦っていた、退治屋のエドガーくん達が仕留め損ねた残党の悪魔なのです」

「えっ……?」

 不意に、僕の面前に佇む美女と視線が合った。まさに寝耳に水である。

 僕は今や、心底動揺していた。ひょっとしたら彼女に、ぎょっとする僕の心を見透かされたかもしれない。

 ミステリアスな雰囲気を漂わせて美女が、気取ったような笑みを浮かべて口を開く。

「退治屋のエドガーくん達に迫られ、ピンチに陥っていたあなたを救うために、私は残党のカラス悪魔を捕獲し、魔王幹部のロビン・フォードの使い魔に仕立て上げ、彼らに退治を依頼したのです。偶然を装ってね。

 結果、彼らの注意は鳥かごの中に収まるカラスに向けられ、あなたから逸れました。一か八かの賭けでしたが、私の芝居が功を奏したようでなによりです。

 なにしろ、先程までエドガーくんとご一緒していた彼は、強力な悪魔も怖れる、凄腕の剣士ですからねぇ……

 単なる下級悪魔のカラスに愚弄ぐろうされるほど最弱の魔人であるあなたではとても、太刀打ち出来なかったでしょう」

「僕のこと、さりげなくディスってません?」

「滅相もございません。私は、あなたをディスれる立場にありませんので」

 やんわりとした口調で美女は否定したが、疑いの目を向ける僕はその言葉を信用出来なかった。

 何故なら、本人の前では否定したものの、僕をディスったのに変わりないから信用されなくても当然と言えば当然……と言うようなことが彼女の顔に出ていたのだから。

 含み笑いを浮かべた、やや上から目線で僕を見下ろす美女と、ディスられて悔しい気持ちを顔に出した僕自身との間で険悪なムードになる。

 そんなムードを変えようと、今まで沈黙していたエドガーがそれを破って口を開く。

「さっきまでロザンナさんが提げていた、鳥かごの中に収まっていたあのカラス、本当は下級の悪魔だったんですね」

 真顔で、冷静沈着に尋ねたエドガーに、僕から視線を外し、微笑みながら美女は返答。

「ええ。退治屋のあなた方に怯える少年を見て『フンッ、下級悪魔の俺さえも憧れる、幹部クラスのエリート的存在のロビン様に仕える魔人でありながらなんてツラしてやがる。あれじゃ、自分はいかにも最弱な悪魔ですって証明しているようなもんじゃねーか。

 俺ならあんな弱気な態度は見せないね。たとえ相手が自分よりも階級が上で、どんなに強くても。自分はやれば出来る人間なんだって、そんな自信がなければ退治屋はおろか、下級悪魔おれたちにも勝てねーぜ』って愚弄していたので、それで……」

 天使や悪魔などの不可思議な生物を目にしたり、相手から送られてくるイメージを読み取って会話をすることが出来るのは本当だったのか。

 しばし、二人の会話を聞いていた僕は内心、そう感心すると納得した。

「私は、初めからあなたのことを存じ上げているので見た瞬間、すぐにぴんときましたよ。あなたが魔王幹部の一人、ロビン・フォードに仕える悪魔であることが。それを裏付けるように今も、あなたからは魔人特有の気配が漂っていますしね」

 不意に視線を合わせ、自分から特徴を告げてもいないのに、的確にその正体を見破った美女に、僕は恐れおののいた。

「あなたは、一体……」

「申し遅れました。私の名は、ロザンナ・ワトソン。この世界の領主を務める、ヴィアトリカ・ビンセント様に仕えるメイドでございます」

 片手を胸に添えて、恭しく自己紹介をしたロザンナさんは僕に微笑みかけると頭を下げた。なんでも仕事をこなす、上品な家政婦長ハウスキーパーとしての雰囲気を漂わせて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る