Ⅱ ぼくはきみで きみはぼくで

第18話 そのメイド 『悪魔』

 日本国内にある、広大な森よりもはるか上空……地球よりも上に位置する魔界にて、僕は主人となるロビン様から魔界のことや悪魔のことについて、いろいろと教わった。

 ロビン様は、魔界に巨大な城を構える、魔王様に仕える幹部の一人で、闇の騎士団を率いる長でもある。魔界の中で強力な魔人なのだ。


 この日、城下町までロビン様のお使いに出ていた僕は、吐き気を催すほど猛烈に気分が悪かった。魔界特有の、この空気が合わなくて。

 魔人のくせして、気持ち悪くなるほど魔界の空気が合わないなんて変だよな。この体質、なんとかならないかな……あっ、そうだ。

 妙案を閃いた僕は、早めにおつかいを済ませて帰宅すると、ロビン様に相談を持ちかけた。

「ロビン様」

「なんです? セシル」

「あの……ご相談したいことが……」

「相談……ですか?」

「はい。僕、まだこの世界の空気に慣れてなくて……なので、気分転換がしたいのでお暇を下さい」

「いいですよ」

 やけにあっさりとした返事だった。腑に落ちない表情をして僕は戸惑いつつも、

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げて礼を述べるに留まった。

 ロビン様の部屋を出て、二階建てのお屋敷を後にした僕はその足で人間界へと渡ったのだった。



 あれから時が流れて一ヶ月が経った。ショートカットの黒髪に黒のロングコートを着た少年、それが僕だ。人間界にいる間は正体を隠し、ごく普通の人間の姿に見えように変身をしている。

 僕が今いるこの場所は、日本国内に位置する広大な森の中……の筈なんだけど、何故か地図にも載っていない、十九世紀の英国が再現された幻影の世界の中。

 だからなのか、その時代に多く見られた建築物、英国貴族を乗せた馬車や一般の町民達が、石畳の通りを往来している。

 日本国内にいながら、古き良き英国の世界にタイムトラベルが出来ると言う、なんとも不思議な情緒と風景だ。

 とても活気がある市場や、貴族御用達の高級専門店などが軒を連ねる街の中心部から東に逸れた場所の通りを、僕は歩いていた。ごく普通の人間の姿に変身せずに、元の姿で。

 この時の僕はとても油断していた。現世とは違う、まるで異世界を彷彿させるような幻影の中にいるせいで、少しくらいは正体を晒したままでも大丈夫だろうと安易に考えてしまったのだ。後に、それが大きな間違いであることに気付くわけだけど。


 通りをまっすぐ進んで左右別れている道の、右側に曲がって噴水がある広場へと出る。夕方だからか、貴族を乗せた馬車や人の往来がない。そのため、猫の子一匹いない広場はがらんとしていた。

 いや待て。いるぞ? 誰もいない筈のこの広場に、ただならぬ気配を漂わす誰かが。

 ふと、人の気配を感じ取り、足を止めた僕は、妙な緊張感に包まれた。

 広場の中ほどまで歩き進んだところで物音がした。音がした方に向かうと噴水の後ろに身を隠す。

 あの二人は……

 僕が身を隠す噴水の、すぐ近くで敵の群れと対峙している二人の青年の後ろ姿。

 一人は、首にかかるくらいのレイヤーカットの金髪に、アイボリーのコートを羽織り、もう一人は、耳に掛かるくらいの黄土色の髪に、気品のある上下白のスーツを着用していた。

 以前、魔界でロビン様から聞いたことがある。人間界には、強力な悪魔も怖れる、凄腕の剣士がいると。

 しかも、本気を出せば魔王様を超えると、魔界では噂されているらしい。その剣士の特徴と言うのが……

『レイヤーカットの金髪に、アイボリーのコートを羽織り、青い十字架のクリスタルをあしらった、黄金の剣を所持している』

 以前、魔界でロビン様が僕に教えてくれた剣士の特徴が今、僕自身が目の当たりにしている二人の青年のうちの一人と、一致している。

 ……これはまずい。

 にわかに心がざわめいた僕は、動揺した。

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