第17話 そのメイド 『招集』

 屋敷へ戻る頃には、休憩時間が終了。玄関ホールでエドガーと別れたミカコはその足で、ホールの片隅にひっそりと置かれた、外用の掃除道具を納めたロッカーへと向かう。

 エプロンドレスのポケットから取り出した鍵で以て、ロッカーを開けたミカコはその中から竹箒を取り出すと中庭へと移動した。

『差し支えがなければ……答えてくれ。彼が奪って行った、きみの大切なものが何なのかを』

 先程、貴族の青年が目撃された場所で、エドガーがミカコに尋ねたその言葉が脳裏を過ぎる。

 鋭い視線を向けるエドガーに尋ねられ、ミカコはその答えを口に出すことが出来なかった。

 それなのに、エドガーはミカコの言葉を信じて待っている。ミカコが貴族の青年の彼に、何を奪われたのか……その真実を語るその時を。

 その前に、やるべき事がある。貴族の青年が連れていたと言う、黒髪に黒のロングコートを着た少年を捜す出すことだ。私の勘が正しければ、その少年はおそらく……

 竹箒で以て、小休憩が出来る、屋根付きのスペースを掃き掃除しながら、考え事をしていた時だった。

 宙を浮遊していた何かが地上に着地するような物音が、ミカコの背後でしたのは。その物音に、条件反射で振り向いたミカコは目を疑った。

 シャギーカットが施された、肩に掛かるくらいの栗色の長髪、髪と同じ色をした垂れ目の青年が、両手を後ろに組んでミカコに優しく微笑みかけている。群青色のハットを被り、フロックコートを着用した、気品漂うスマートな青年だ。

「あなたはっ……!」

 気を抜くと魅了されてしまいそうな甘い声で青年は、気取った口調でミカコに話しかける。

「こうして対面するのは、およそ一ヶ月ぶりかな」

「何故、ここに……」

「あなたが、捜索に息詰まっているようなのでね……貴族であるこの私自ら、ヒントを与えに来たのだよ」

「ヒント……?」

「あなたは今まで、この私の行方を捜していた。だが、今は私ではなく、他の誰かを捜し出そうとしている。黒髪に黒のロングコートを着た少年をね」

 ミカコはどきりとした。それはまるで、面前で悠然と佇む貴族の青年に、心の中を見透かされているような、奇妙な感覚だった。

 ミカコの反応を見て、満足げに含み笑いを浮かべた青年は話を続ける。

「街の中心部から東に逸れた場所にある骨董店より、通りをまっすぐ行くと左右に別れた道がある。私と、連れの黒髪の少年を乗せた馬車は、そこを右に曲がった。それがヒントだ」

 この青年、存外ぞんがい狡猾である。

「なによそれ……まるっきり、ヒントになってないじゃない」

「心外だな……これでも私なりに考えて、分かりやすくヒントを与えたのに」

 納得の行かない顔をして不満を口にするミカコに対し、貴族の青年はわざとらしく憤慨してみせた。

「もっと、分かりやすいヒントを出しなさいよ!」

「残念だが、私から出せるヒントはここまでだ。後は自力で捜索するんだな」

 貴族の青年はそう、薄ら笑いを浮かべてミカコに告げると、

「一人だけでは解決出来なくとも、自身を含めた複数人で知恵を出し合えば、どんなに難しくとも謎は解ける。

 行動次第では、私が、あなたから奪った大切なものを取り戻すことも可能だ。健闘を祈る」

 気取った口調でそう言い残し、姿を消した。


 時間通りに中庭の清掃をこなしたミカコは、エマ、ラグ、ルシウスの三人を使用人用の部屋に呼び出した。

「急に、呼び出したりしてすまない。私のことを知るきみ達に折り入って、話したいことがある」

 木製の、四角い四人用のテーブルに着席した三人に向かって、真剣な面持ちでミカコは、自身が貴族の青年の行方を追っていることとその理由、そしてつい先程、中庭で清掃中に姿を見せた青年のことを話して聞かせた。

「その青年って、確か……群青色のハットに、フロックコートを着た貴族だったわね。なんだかきな臭いから、ミセス・ワトソンも調べていたらしいけれど……」

 ミカコから話を聞き、眉間にしわを寄せて考え込みながらエマがそう言った。

「その人は、ミカコさんの知り合いなの?」

 ふと、そのことが気になり、真顔で尋ねたラグにミカコは、

「いや、知り合いではない。まったく、面識がないよ」

 肩をすぼめて、力なくそう返答した。

「それなら……ミカコさんはその人のことを知らないけれど、その人はミカコさんのことを知っているのかもしれない。でなければ、ミカコさんから大事なものを奪ったりしないもの。いずれにしろ、気味が悪いよ」

と、貴族の青年に対して嫌悪感を抱いたラグは言った。

「とりあえず……俺はこれから、夕飯の買い出しがあるから、そのついでに寄ってみるよ。貴族の青年が残して行った、ヒントに導かれた場所にな」

 今まで、黙って話を聞いていたルシウスは沈黙を破ると真顔でそう告げたのだった。

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