第13話 そのメイド 『叱責』

 ツバサと別れ、一人聖堂に居残ったミカコは、ステンドグラスに描かれている聖人や聖母を見詰めた。神々しくも穏やかな雰囲気が漂い、聖堂の中を温かく見守っている。


 ここに来て、ようやっと、巡り会えた。

 再び、奪われることのないように……

 守ってみせる。

 もうひとつの、希望の灯火ともしびを。


 真剣な表情でステンドグラスを見詰めるミカコはそう、凜然たる雰囲気を漂わせて心に誓ったのだった。


 お昼休みを終え、空のバスケットを提げて屋敷へと戻ったミカコは早速、午後の仕事に取り掛かった。聖堂で誓いを立てたからか、いつもよりも気合いが入る。

 日頃からの、ハウスメイドとしての働きぶりが評価され、ヴィアトリカお嬢様の部屋がある二階を任されているミカコがテキパキと手を動かしている最中だった。ミカコにとって上司に当たる、ロザンナに声を掛けられたのは。

「お話があります。私の後に、ついてきてください」

「……?」

 真顔のロザンナに促され、怪訝に思ったミカコだったが従わないわけには行かないので、仕事の手を休めると後に続いた。

 ミカコを従えて、黙々と二階の廊下を歩いていたロザンナは、向かって右手側にある部屋の前で立ち止まり、戸を開ける。

「どうぞ」

「失礼します……」

 沈着冷静な雰囲気を漂わせて戸口に佇むロザンナの脇を通り、ミカコは部屋の中へと足を踏み入れた。

 向かって右手側にある、整理された本で埋め尽くされた、床から天井まで届く本棚の前に丸テーブルと二脚の椅子が置かれている。

 向かって左手側には、戸が閉め切られた部屋、本棚と同じ高さの戸棚がその隣にあり、奥の窓を背に、仕事用の机と椅子が置かれた部屋は全体的にこざっぱりとしていた。

「廊下では話しづらい内容なので、この部屋にてお話をします」

 部屋の戸を閉め、改まった口調でロザンナは前置きをすると、話を切り出した。

「先程、街へ行く用事があり、出かけたのですが……そこで、とんでもないことを聞き、私は大変驚きました。

 ここ数日間、あなたは仕事の合間に屋敷を抜け出しては、街へ出かけていましたね? それは単に買い出しをするためではなく、街の人達に、聞き込みをするためだったとは……

 目的があって、街へ出かけるのは良いのですが、買い出し以外の行動は慎んでいただかないと困ります」

「すみません……」

 辛辣なロザンナから叱責を受け、しょんぼりとしたミカコは肩をすぼめて謝罪をすると俯いた。

「まぁ……私も気になっていたので、貴族の青年について調べていたのですが……彼には何か、きな臭さを感じます」

 ロザンナの口から『貴族の青年』のワードが飛び出し、怪訝な表情をしたミカコは顔を上げると視線を合わせた。

「貴族の青年……?」

「群青色のハットに、フロックコートを着た貴族の青年……あなたが今、行方を追っている人物のことです。

 仮に、彼が殺人を犯すような悪者だった場合、あなたにまで危害が及ぶ可能性がある……

 私はそれを、危惧しています。ビンセント家にとって大事な使用人を失いたくはありませんから。よって、街での聞き込みを禁じます。

 あなたは、私にとって自慢のメイドであり、ヴィアトリカお嬢様にとってはなくてはならない、大切な存在です。ですから……自身の命を守るためにも、もうこれ以上、彼に関わらないでください」

 辛辣なロザンナの叱責は、反論の余地がないほどの正論で、部下に対する愛が籠もっていた。

 街での聞き込みを禁じられてしまったのはショックだったが、お嬢様や、部下を大切にする上司の家政婦長ハウスキーパーにここまで言われてしまったら、

「……分かりました」

と、素直に返事をして、従うしかなかった。

「それと、あなたにきたいことが……」

「なんでしょうか?」

「あなた自身について、気になる点がいくつか……ここ数日の、ハウスメイドとして屋敷で働くあなたの動きを見ているとどうも、別人のように思えて仕方がないのです。

 そのことについて、答えられる範囲で構いませんので、話していただけませんか?」

 神妙な面持ちで、ミカコに問いかけたロザンナはそこで一旦区切ると、部屋の出口へと向かい、今まで背にしていた木製の戸を開けた。すると……

「うわぁっ……!」

 無駄のない動きで以て、ロザンナが戸を開けた瞬間、戸口にいたラグとエマが短い悲鳴を上げて、折り重なるように倒れ込んだ。

 どうやら、締め切られた部屋の戸に耳をくっつけて聞き耳を立てていたらしい。

「この二人も、あなたについて、気になっているようですしね」

 部屋の中に倒れ込んだ使用人の二人を見下ろしながらも、薄ら笑いを浮かべたロザンナはそう、何もかも見透かしたような口振りで告げたのだった。

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