第12話 そのメイド 『再会』

 昼食の入ったバスケットを片手に、街の中心部から西に外れたところまでやって来たミカコは、その場所に存在する立派な聖堂の前で足を止めた。

 綺麗に敷き詰められた石畳の道の端、広大な森を背にほどよい大きさの聖堂が、お昼時の、暖かな陽光を浴びて光り輝いている。

 ミカコは、神々しい雰囲気を漂わせる石造りの聖堂の入り口前に佇むと木製の、観音開きの扉を開けて中へ足を踏み入れた。

 ところどころひび割れた、石造りの床。左右に並ぶ木製の長椅子。奥には主となる金色の十字架と祭壇が、美麗な巨大ステンドグラスを背に神々しくも圧巻な雰囲気を纏っている。

 ステンドグラスには、この街の風景や森、建築物を背に、この地にゆかりのある食べ物や産物を手にした聖人が、聖母を中心にして描かれていた。

 少年が一人、陽光に照らされて美麗に輝くステンドグラスを見上げている。焦げ茶色をしたシャギーカットの、ショートヘアに上下黒のタキシードを着用したツバサが、まるでこちらに気付いていない様子で魅入みいっていた。

「こんにちは、ツバサくん。こんなところで会うなんて奇遇ね」

「ミカコさん!」

 微笑みかける美果子に声をかけられ、振り向いたツバサが驚きの表情をするとすぐに、

「そうだね……まさか、こんなところでミカコさんと再会するとは思わなかったから、びっくりしちゃったよ」

 苦笑しながらもそう、当たり障りのない返事をした。

 ツバサの返事を聞き、にっこりした美果子は手を組み、祭壇へと向かって祈りを捧げる。

「ちょうどいま、お昼休み中で……たまには屋敷の外で食べようと思って、昼食持参でここに来たの」

「そうなんだ。僕もいま、休憩中で……その時間を使って、このステンドグラスを見に来たんだよ」

「とっても綺麗よね。この聖堂にあるステンドグラスを初めて目にした時はとても感動したわ」

「僕もだよ」

 しばし、親しげにミカコと会話を楽しんだ後、ふと思い出したようにツバサが口を開く。

「あっそうそう……この前、ここでミカコさんと話していた聖堂のことなんだけど……ほら、ジャンヌ・ダルクとクリスティーヌ・ジュレスの像が祀られている……その事で僕、思い出した事があるんだ」

 どこにあるのかは不明だが、最強で邪悪な魔物をもね退ける強力な魔除けの結界に覆われた聖堂がある。

 かつて、強大な神力しんりょくを持つ、シスターマリアンヌが管理をしていだが、高齢による現役引退に伴い、もっとも信頼を寄せる神崎清華かんざきせいかが跡を継いだ。

 聖堂には、中世の甲冑に身を包み、勇ましく旗を掲げた等身大のジャンヌ・ダルクと、刃の先端が下に向いている剣の柄に両手を重ねて佇む、クリスティーヌ・ジュレスの白い像が祀られている。

 聖堂に古くから伝わる伝書によると、十五世紀の大昔、ジャンヌとクリスティーヌは神のお告げを受けて、女騎士としてフランス軍を率い、苦楽を共にし、互いに支え合うように剣を振るっていた。

 当時、イギリスの占領統治下にあったルーアンの地にて異端審問裁判にかけられたジャンヌは異端の罪で処刑され、クリスティーヌはイングランド連合軍からオルレアンを解放するための戦争で戦死したと記されている。

 時を経て、二十一世紀となった今、重厚感漂う白い像となった彼女達は、遠い外国の地にて、世界の平和と、人々の暮らしを見守っているのだった。

 ここに来てすぐ、そのことを思い出したツバサはミカコに話して聞かせた。ミカコは信じられないと言わんばかりに驚きながもツバサの話に耳を傾けていた。

「時々、その聖堂に祀られれているジャンヌ・ダルクと、クリスティーヌ・ジュレスに会いたくなる時があるんだ。どうしてかは分からないけれど……特にクリスティーヌ・ジュレスには、大きな恩があるような気がして……って、いきなりこんな話をされても困るよね」

 ごめんね……どん引くようなこと言って。

 穏やかな口調で語った後でふと我に戻り、苦笑しながらもツバサはそう言ってミカコに詫びた。

「うんん、気にしないで。ツバサくんがいま話してくれたこと、私にも分かるから」

 ミカコは嬉しそうに微笑むと優しく返事をする。

「ツバサくんが話してくれた、その聖堂で起きた奇跡を体感したことがある私にとって、クリスティーヌ・ジュレスは恩人よ。そう、命の恩人と言っても過言じゃないくらい……私とツバサくん、なんだか気が合いそうね」

「僕もいま、同じ事を思ったよ! 他の人には話しづらいことも、ミカコさんならそういうのも含めてなんでも話せそうだ」

「あら、そう? なら、これからもなにか困ったことがあったら相談してね。私で良ければ、いつでも話を聞くから」

「ありがとう!」

 少し大人びた口調で優しく返事をしたミカコに、にっこりとしたツバサは嬉しそうに礼の言葉を告げたのだった。

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