第11話 そのメイド 『依頼』

 ミステリアスな雰囲気を漂わす相手に怯むことなく、ルシウスは真顔で、ミカコに扮する誰かと向き合う。

「ならせめて、おまえさんが何者なのかを教えてくれないか?」

「すまない。秘密保持のため、私の素性を教えることも……ただ、私はミカコ自身の味方であり、きみ達の敵ではない。これだけは信じて欲しい」

 初対面なら、いきなりそんなことを言われても、絶対に信じないだろうが……偽者とは言え、ここ数日のこいつの動きは警戒し、敵視するに値するものじゃなかった。

 何者かは分からないが、少なくともヴィアトリカお嬢様や俺達使用人に危害を加えたりはしないだろう。偽者を使って、ミカコの行方を探ることも出来るしな。

 しばし、考えを巡らせていたルシウスは、

「分かったよ……おまえさんが、ミカコの偽者だってことは口外しないでおく。その代わり、俺に出来ることがあったら何でも協力するから言ってくれ」

 まったく、しょーがねーなぁ……と言わんばかりに、面倒臭そうに口を開いたルシウスは二、三歩ほど進んでから振り向き、

「俺は、信じるぜ。おまえさんのこと。たとえ、偽者だろうがな」

 気取った笑みを浮かべてそう告げた。ルシウスに信用してもらえたことで、その場に置いてきぼりを食らったミカコはほっと安堵したのだった。

 

「そこの兄ちゃん達! うちの店に寄ってかない? 今朝、漁港から水揚げされたばかりの新鮮な魚だぜ! 兄ちゃん達かっこいいから、奮発しちゃうよ!」

 鮮魚を扱う、威勢のいいおっちゃんにナンパされ、店に引き入れられたミカコとルシウスは、鯛やサーモン、ホタテなど新鮮な魚介類を購入。その際、かっこいいからと言う理由でおっちゃんがサービスしてくれたおかげで、実質安値で購入することが出来た。

 ビンセント家の財布の紐を握るロザンナが近頃、金銭面に対して厳しくなったのでこれは大助かりである。

 次に精肉店へと向かい、そこでハムやウィンナーなどの加工製品や豚ロースの塊を購入して本日の、食材の買い出しは終了となった。

「屋敷に帰る前に、教えてくれないか?」

 ビンセント邸へと向けて、購入した肉や魚が入る紙袋を両手に抱えて歩くミカコがルシウスに尋ねる。

「あなたがさっき、偽者だと認める前の私に問いかけた答え……ヴィアトリカお嬢様は、なんの歌が大好きなんだ?」

 そのことに興味を持ち、気さくに問いかけてきたミカコに、ふと穏やかな表情をしたルシウスは返答した。

「滝廉太郎の『花』だよ。屋敷の中で、仕事中にミカコが歌っているのを聞いていて興味を持ち、その歌が大好きになったんだ」



 群青色のハットにフロックコートを着た、気品漂うスマートな貴族の青年。悪魔が扮するその青年が姿を消して、九日が経過した。

 依然として手掛かりはなく、消息は掴めていない。その日もミカコは、貴族の青年に対する情報を収拾するため、休憩時間を利用して街へ出かけようとした。だが……

「……」

 昼食を入れたバスケットを片手に、玄関ホールの階段を下っている最中、ふと視線を感じて、ミカコはちらりと後ろを見遣る。

 どうやらこの屋敷の使用人達に、行動を監視されているようだ。それが誰だか分からないがこの時、何故かミカコの視線に気付き、近くの死角に身を隠すエマとラグの姿を想像してしまった。

 これがもし、違っていたら二人には後でこっそりとお詫びしておこう。

 不審な目つきで後方を見遣り、視線を前に戻して階段を下りきったミカコに歩み寄った探偵が、気取った口調で声を掛けてきた。

「やぁ、バスケット片手に、どこかへお出かけかい?」

「エドガー!」

 思わぬところでエドガーと遭遇し、一瞬どきりとしたミカコだったが、これはチャンス到来では? と思い直し、会話をする。

「そうなの。たまには屋敷の外で昼食を取ろうと思って」

「そのついでに街に行って、群青色のハットにフロックコートを着た貴族の青年についての情報収集をする気だろう?」

 まだ何も言っていないのに、気取った笑みを浮かべて平然と言い当てたエドガー。

 探偵としての素晴らしき能力を発揮したエドガーに怯みながらも、ミカコは平静を装い、返答する。

「よく分かったわねぇ……」

「こう見えて俺、探偵なんで」

 ミカコの返答を聞き、エドガーは気取りながらも得意げに返事をした。監視下に置かれている今、迂闊な行動は慎みたい。そんな考えからミカコはエドガーに掛け合う。

「そんなあなたに、お願いがあるわ。私の代わりに街で聞き込みをして欲しいのよ。なんだか知らないけど私……いま、誰かに監視されているみたいで……探偵としての、あなたの腕を見込んで、私からの依頼を引き受けてくれないかしら」

 少し申し訳ないような、控えめな表情を浮かべて依頼を申し込んだミカコ、エドガーは一瞬、意外なものをみたと言う風に驚きの表情をしたが、

「いいよ。そう言うことなら……責任を持って、きみの依頼を引き受ける」

 凜々しい笑みの浮かぶ表情をして、しっかりとそう返事をした。

「ありがとう! なら、報酬は……」

「お金はいらないよ」

 着用している白色のエプロンドレスのポケットからがま口の財布を取り出そうとしたミカコを制したエドガーは、

「その代わり……今度、俺とデートしてよ。それが報酬ってことで」

 語尾にハートを付けてウインクすると、ミカコとデートの約束をしたのだった。

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