第14話 そのメイド 『信頼』

 あなた自身について、気になる点がいくつか……ここ数日の、ハウスメイドとして屋敷で働くあなたの動きを見ているとどうも、別人のように思えて仕方がないのです。

 そのことについて、答えられる範囲で構いませんので話していただけませんか?

 ロザンナに問いかけられ、ミカコは困惑した。今も、口外しないでいてくれるルシウスのことを考えると、自分の口から答えるのは辛い。

「話してちょうだい、ミカコ」

 ロザンナが戸を開けた拍子に、ラグと一緒に部屋の中へ倒れ込んだエマがゆっくり起き上がると、真顔でミカコを促す。

「ミセス・ワトソンが仰るように、まるで別人のように思えてならないほど、ここ数日のあなたは、どこか様子がおかしいわ。先輩の私が誇れるくらい、ハウスメイドとしては申し分ないけれど……

 私達、使用人同士のコミュニケーションが、なんだか前よりもぎこちないし、毎日、耳にしていた歌声も聞かなくなったし、そのせいでお嬢様が部屋に籠もりきりになってしまったわ。

 少なくとも、私も含めて、ここにいる使用人達にはあなたの、本当のことを知る権利がある筈よ。そうよね? ルシウス」

「そうだな」

 複雑な胸中を交えながらも、ミカコの説得に当たるエマの問いかけに応じ、戸が開いたままの戸口から姿を見せたルシウスがそう、気がない返事をした。

「ルシウス……」

「こーなった以上、話をするしかない。俺のことは、気にするな。あの時、おまえさんに告げた言葉は、今も変わっちゃいねーよ」

 困惑の表情をするミカコに、ルシウスは真顔でそう告げた。二人にしか分からない会話の内容に、上半身を起こしたラグは首を傾げた。

「……ごめんなさい。ありがとう、ルシウス」

 ミカコは静かに、謝罪と感謝の言葉を告げると、神妙な面持ちで口を開く。本物のミカコではなく、偽者として。

「正直に話そう……私は、あなた方が知っているミカコではない。偽者だ。極秘案件につき、本人のふりをしている」

「極秘案件……とは?」

「情報漏洩防止と、秘密保持のため、今は詳しく語れない」

 凜然たる雰囲気を漂わせながらもミカコはそう言って、冷静沈着なロザンナの問いかけをするりとかわした。鋭い視線を浴びせつつ、エマがミカコを促す。

「ならせめて、あなたが何者なのかを教えてちょうだいよ」

 真剣そのものでエマと向かい合い、ミカコは告げた。

「申し訳ない……秘密保持のため、私の、本当の正体を明かすことも出来ない。が、私はミカコ自身の味方であり、きみ達の敵ではない。これだけは信じて欲しい」

「でもね……」

 揺るぎない姿勢で以て、威風堂堂いふうどうどうと告げた偽者のミカコに圧倒されつつも、口を開きかけたエマを、真顔で制したラグが話を切り出す。

「エマさん、ここは僕が……これが初対面なら、いきなりそんなことを言われても、絶対に信じなかったと思う。でも……

 ミカコさんの偽者とは言え、ここ数日のあなたの行動は、違和感はありながらも、敵視するものじゃなかった。

 あなたが秘密にする限り、僕らはあなた自身が何者かは分からないけれど、少なくとも、ヴィアトリカお嬢様や使用人の僕らに危害を加えたりはしない筈だ。

 本物のミカコさんが今どこにいるのか……本気で、そのことが心配でならない。

 僕とエマさん、それからルシウスは、この屋敷で働く使用人の中でも、ミカコさんとはとても仲がいいんだ。だからもし、協力出来ることがあったら言ってよ。その時は力になるからさ!」

 最後は真顔を崩し、気さくに笑いかけながらラグはそう告げてウインクした。

「とても仲のいい使用人同士だからこそ、分かるものがあるかもしれない……ありがとう、ラグ。力になってほしい時は、よろしく頼む」

 ルシウスの言葉が後押しとなり、自身がミカコの偽者だと告白したその人は、ビンセント家の使用人として認められたミカコが、ラグ、エマ、ルシウスと仲間にも恵まれていることを知り、ほっと安堵するとそう返事をしたのだった。

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