第189話

 大悟に殴り飛ばされたヨルだが、しっかり腕でガードしたこともあってダメージはほとんど受けていない様子で、ジッとこちらに顔を向けたまま立っている。ただ大悟に対してかなり警戒しているようだが。


「無事みてえだな、沖長」

「はい。抵抗しても逆に気絶させられたりするかもしれないって思って大人しくしてましたよ。それに師匠がすぐに追いかけてくれるって信じたんで、時間稼ぎに彼女の興味を惹くような会話をしたりしてました」


 実施足を止めてくれたのは出来過ぎだったが、こちらとしては僥倖だった。


「はぁ、お前はマジでガキらしくねえな」

「それよりも師匠、さっきの人は?」

「あん? んなもん速攻でのしてやったぜ」


 あのヨルの仲間である男も強者ではあったろうが、やはり大悟と比べると格下だったようだ。それは普段から大悟の力と接してきた沖長だからこと分かったことである。だからこそすぐに決着をつけて追いかけてきてくれると思っていた。


「ちなみに殺したんですか?」

「こんな街中で殺しなんかやるかよ。ちゃんと半殺しに手加減してらぁ」


 それは逆に街中以外だと全殺しとも取れるが、そこは追及しないでおこう。


「さて、と。おい嬢ちゃん、諦めて消えるか、それともここで返り討ちに遭うか、どっちがいい?」


 大悟から殺気とオーラが迸り、傍にいる沖長もその威圧で全身が強張ってしまう。しかしヨルはというと、やはり表情を一切変えずに立ち尽くしたままだ。

 まさに一触即発。ヨルが攻撃の意思を見せれば、その時点で激闘が勃発するだろう。そして間違いなくその戦いに沖長は入れない。ただの足手纏いにしかならないからだ。


 ただいくら勇者のヨルでも、歴戦の強者であり、かつて勇者とともに戦った英雄の大悟に勝てるのかという疑問がある。

 それに少しだけ二人がぶつかり合うところを見てみたいと思ったのは、自分も武の世界にずいぶんと溶け込んでいるなと改めて認識させられた。


 するとヨルの全身からジワジワとであるが、好戦的なオーラが滲み出てくる。どうやら彼女はここで引くつもりなどないらしい。

 だがその直後、二人のちょうど真ん中に何かが投げ込まれた。その何かが突如として破裂し、同時に大量の白煙が周囲を覆い隠す。


 大悟は舌打ちをすると、即座に沖長の襟首を掴んで手元に引き寄せる。そのせいで一瞬息が止まった。

 そしてしばらくして白煙が風で流されたあと、目の前で臨戦態勢を整えていたヨルの姿は消えていたのである。


「……逃げたか」


 そう呟くと、大悟は沖長を解放し、沖長は軽く咳き込んだ後にゆっくりと立ち上がる。


「もう、いきなり酷いじゃないですか。息が止まったんですけど、師匠?」

「しょうがねえだろ。咄嗟だったし、あの煙の中でお前を攫われでもしたら目も当てられねえ」

「まあ助かりましたけど。ありがとうございました」


 沖長の礼に対し「おう」と返し、懐から取り出した煙草を咥えて火を点ける。


「それにしてもさっきの煙、誰の仕業でしょうか?」

「大方ずっと隠れて覗いてやがった奴の仕業だろうよ」

「え? 近くに誰かいたんですか?」


 気配に敏感なはずの沖長も気づかなかった。つまりは相当の手練れということ。


「あの気配の消し方……厄介な奴が恭介側にいるみてえだな」


 何やら大悟には心当たりがある人物がいるらしいが、それよりもハードダンジョンのことが気にかかる。それについて大悟に尋ねたが……。


「どうせ国の偉いさんが何とかするだろうよ。放っとけ」

「いいんですか?」

「今お前一人動いたところでどうしようもねえだろうよ。それにさっきみてえな連中がまた襲ってこないとも限らねえしな」


 それは確かにその通りだ。それによくよく考えれば変装もし忘れていたので、このままではユンダにもバレていたかもしれない。


(もう少し冷静になって動かないとな)


 ナクルや水月に対しての警戒は強いが、どうも自分に対しては緩んでしまう。引き締めないと今回みたいに周りに迷惑をかけてしまう。気を付けないといけない。


「ところで師匠、さっきのはどういう意味ですか?」

「あん? さっきってのは何だよ?」

「ほら、ダンジョンの気配に関しての」

「……ああ、そういや話の途中であのガキの仲間が襲い掛かってきたんだっけか?」

「はい。確か今の師匠はダンジョン発生の気配を感じ取れないとか何とか言ってましたけど」


 大悟はふ~っと口から煙を吐き出すと、静かに言葉にし始めた。


「俺も詳しいことは知らねえが、ダンジョンの気配は、その時代に選ばれた勇者や候補者しか察知できねえらしいだわ」

「そうなんですか?」


 そんな話は初めて聞いた。しかし確かに今までナクルや蔦絵、そして自分にはダンジョンの気配を察することができたが、修一郎や他の近し者たちは気づいた様子はなかった。


「まるでダンジョンそのものに意識があって、自分にとって必要な存在だけを呼んでいる様子から、俺らは〝ダンジョンの呼び声〟って呼ぶようになった」

「ダンジョンの……呼び声」

「俺もかつてはその声を聞くことができたし、修一郎やユキナ、そしてトキナもそうだ。けど今じゃ気配を掴むことができなくなってる。それはあの時、お前らが初めてダンジョンに呼ばれた時に確認した」


 そういえば旅館での一幕。物語の始まり。あれだけの強烈なダンジョンの気配があったというのに、真っ先に駆けつけたのは沖長だった。普通だったら気配に敏感な修一郎や大悟たちの方が早いはず。しかし結果的にダンジョンの近くに彼らが来ることがなかった。


 よく考えればおかしい話だが、あれはただ単にその気配を察知できなかっただけなのだ。


「最近じゃダンジョンの発生の間隔が短くなってる。それにナクルは勇者として覚醒してるし、お前も候補者だ。近い内にまたダンジョンに呼ばれちまうって考え、時間がある時はお前を尾行……護衛してたんだよ」

「今、尾行って言いましたよね?」

「男が細かいことを気にすんな」


 もっともそのお蔭で助かったので何も言えないが。


(にしても呼び声か……そういやナクルもダンジョンに呼ばれてる気がするって言ってたよな)


 沖長はまだナクルほどに強烈な感覚は受けていない。しかし勇者であるナクルならば、ダンジョンが彼女を欲していることも理解できる。

 どうやらダンジョンというのは、より強い生命力を持つ存在を主にしたい欲があるらしいのだ。故に勇者であるナクルを求め、声を上げているのであれば納得できるものがある。


 しかし何故修一郎たちではダメなのか。事実かつては求めていたにも関わらず、だ。


「……師匠、今日はありがとうございました。それとすみません。弟子として不甲斐ないところをお見せして」

「今回は相手悪かっただけだ。気にするようなら強くなればいい」

「はい! これからもご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します!」

「……はぁ。や~っぱ、お前はガキらしくねえわ」


 煙を沖長の顔に向けて吐き、咳き込む沖長を見て楽し気に笑う大悟。

 ハードダンジョンのことは気にかかるものの、今日はここまでにして様子を見守ることに決めた沖長だった。




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