第188話

「師匠、どうしてここに?」

「あぁ? んなもんお前をつけてたからに決まってんだろが」

「え……つ、つけてた? ダンジョン発生の気配を感じてやってきたとかじゃなく?」

「あん? あーそっか、知らねえのか。ダンジョンの気配っつーのはな、基本的にはその時代に選ばれた連中にしか感じ取れねえんだわ」

「? それはどういう……」

「まあ、つまり……おっと!」


 直後、大悟が後方へ大きく飛び退く。先ほどまで彼が立っていた場所には、小刀が突き刺さっていた。

 その光景に沖長賀ハッとして振り向くと、いつの間にかヨル側に一人の人物が立っていた。ただ何故か街路樹の上に、だが。


「ヨル様、ここは俺に任せて頂けないでしょうか?」


 その男は、大悟より少し年下くらいの見た目であり、ビシッとグレーのスーツを着込んでいる。その手には小刀が握られていて、間違いなく先ほどの大悟に対して攻撃を放った人物であることが分かった。

 その人物が軽く跳躍してヨルの目前に着地する。


「ヨル様、あの男は俺が抑えますので、あなた様はそこの子供をお早く」


 どうやらヨルの仲間のようだが、正直にいってこんな輩の情報は長門やこのえからも聞いていない。


「あん? 誰だてめえ?」


 ふてぶてしい態度の大悟の問いに対し、男もまた余裕のある笑みを浮かべつつ答える。


「これはこれは、ここで彼の英雄の一人、御影大悟と会えるとは光栄ですね」

「へぇ、俺のこと知ってんのか」

「この業界で知らない方がモグリですよ」

「なら俺の力を知ってんだろ? 抑えるって言ってたが、んなことできると思ってんのか……てめえ一人で?」

「クク、こう見えても武には多少自信がありましてね」


 大悟から発せられているオーラの質は只者ではない。武を志している者ならば、対峙するだけで大悟がどれほどの強者か何となく分かるはずだ。

 しかし目の前にいる男は、そんな大悟を前にして平然と……いや、言うなれば楽し気ですらある。それに……。


(この人、強いな)


 男もまたただしく強者であることを沖長は把握していた。間違いなく沖長では真正面から戦っても勝てないと思えるほどに。


「……ヨル様」

「分かった。あの男はお前に任せる」


 そう言った瞬間、その場からヨルが消えた。いや消えたように見えたのだ。そしてその気配が背後から現れた。それと同時感じる浮遊感。どうやら夜に身体を抱えられたらしい。


(速いっ……!)


 感覚的には反応できたが、身体がそれに追いつけなかった。というか周りに格上が多過ぎて嫌になってくる。


「させっかよ!」


 すると瞬く間にヨルへと接近し、彼女に手を伸ばそうとする大悟だが、


「それをさせません」


 これもまた突然肉薄してきた男の蹴りが大悟の頭部に向かって放たれる。大悟は舌打ちをしながらスウェーをしつつ回避し、そのまま後方へ跳んで距離を取った。

 そして態勢を立て直してまたも舌打ちをする。何せもう彼の視界には沖長とヨルがいなかったからだ。


「さて、しばらくの間、俺と遊んで頂きましょうか。もっとも、現役を過ぎたあなたでは、私の相手が務まるかは甚だ疑問ですがね」

「…………ったく、めんどくせえな」


 一歩リードを取ったような笑みを浮かべる男だが、次の瞬間に表情を強張らせた。何故なら大悟から凄まじいまでのオーラが噴出したからだ。


「相手してやるからさっさと来やがれ、三下ぁ」


 そうして二人の男たちが戦いを勃発させている頃、沖長はというとヨルに抱えながらジッと動かずに思考に耽っていた。

 ヨルは建物の屋根から屋根へと飛び移り移動している。まるで忍者のような動きではあるが、これも彼女の勇者としての力の一端に過ぎないのだろう。


「……随分と大人しい」

「へ?」

「何故抵抗しない? もっと暴れるかと思っていたが」

「いやぁ、そんな無駄な労力は費やしたくないんで」

「無駄?」

「だって俺が暴れたとて、今のあなたには勝てませんし。その隙をついて逃げることだって難しいと思いますから」

「……子供にしては潔い。というか子供には見えんな」


 相変わらず口調と声音が合っていない。愛らしい声なので、軽く混乱してしまいそうだ。


「安心しろ。別に危害を加えるつもりなどはない」

「それは朗報ですね。けど、それはあなたの意思であって、あなたを動かしている上の意思ではないのでは?」


 すると突然彼女が足を止めて、こちらに顔を向けてくる。


「あなたは防衛大臣である七宮恭介氏の命令で動いているんでしょ? 彼は目的のためなら手段を選ばないって聞いてます。そんな人が、俺の全然を保障してくれるとは思えないんですけどね」

「…………」

「というか何で俺なんかを拉致しているのか理由がサッパリなんですよね。俺は勇者じゃないし、オーラだってまだまともに扱えない小僧ですよ? 防衛大臣がこんな強引なことまでして欲するとは思えないんですけど」

「理由は知らない。私はただ、札月沖長を連れてこいと指示を受けただけだ」

「それでよく俺の安全を保障するとか言いましたね。防衛大臣は、子供を大切にする人なんですか? そうは思えない。それは彼が手掛ける施設で育ったあなたが重々承知なのでは?」

「! ……お前は一体……」


 そこで初めて驚きという感情を見せるヨル。こちらは聞き伝えによるものだが、彼女にしてみれば、自分を知っているということが衝撃を与えたのだろう。


「ヨルさん……でしたっけ? 何故あなたは七宮恭介の下についてるんですか? 態度から彼を慕っているとは感じられないんですけど」

「…………私にはそれしかないから」

「え?」

「それだけが、私の価値。繋がり。だから私は……」


 その声音に酷く儚さを感じたのは気のせいだろうか。まるで何かに縋るような、怯えているような。


(この子は……)


 表情は赤い包帯のせいでハッキリとは分からないが、どこか寂しげな印象を抱かせる。


 するとその時、突然ヨルの目前に何者かの影が出現し、同時にヨルが後方へと吹き飛ばされた。その衝撃で沖長は解放され地面に落ちる。

 尻を打って軽い痛みに顔を歪めつつ、傍にいた人物を見やり微笑みながら声をかける。


「待ってましたよ、師匠」



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