第176話

 店に入ってきた蔦絵を見て、恐らく修一郎が彼女をこの場へ派遣したのだろうと推察した。

 そんな蔦絵が若干焦った表情を見せたが、沖長たちを見て安堵したように息を吐くと、普段は穏やかな目つきを鋭くさせて、あるみを睨みつけた。


 今の蔦絵が放つ威圧感は相当なものであり、その証拠にあるみは「ひっ」と明らかに怯えた様子を見せる。


「話は師範……日ノ部修一郎から聞いています。話は私も聞かせて頂きます。よろしいですよね?」

「は、はいぃ!」


 あるみにとっては、恐らく子供らだけの方が話しやすいだろう。しかしここで反対することなどできずに受け入れるしかなかった。

 少し狭いが、ソファ席に沖長、ナクル、蔦絵の三人が並んで座り、対面する席にあるみが腰を下ろしている。


「沖長くん、話はどこまで?」

「あー……ちょうど本題に入ろうとした直後でした」

「なるほど。ではタイミングが良かったようね。それで?」

「ひっ……え、えっとぉ、そんな睨まないでほしいなぁ……って思うんですけどぉ」

「生まれつきこの目つきですが何か?」


 そんなわけがないことは沖長たちは知っているが、やはり相当警戒してしまっているようだ。

 目つきを直してもらうことを諦めのか、深呼吸をした後にあるみが真面目な表情で口を開く。


「じ、実はですね、先日その子が遭遇した少女のことに関して……」

「? 沖長くんが出会った少女? ……沖長くん?」


 そういえば諸々の事情があり蔦絵には、まだヨルのことについて話してなかったのだ。

 修一郎がココへ彼女を寄こしたということは、ヨルと七宮恭介に繋がりがあることがバレてもいいと判断してのことかもしれない。そもそもいつまでも隠し切れるものでもないし。


 そういうことで沖長は、先日水月とともに遭遇したイベントについて説明した。


「――そんなことがあったのね。それで? そちらの勇者が沖長くんたちに迷惑をかけたから謝罪に来られたということでよろしいのでしょうか?」

「それも一つの要件ですぅ」

「つまりそれが本題ではないということですね。なら、その少女に関する情報を問いに来たと?」

「いいえ。札月くんが言ったように、その場には我が社が抱える勇者もいたので、ある程度の情報はすでに認知しておりますぅ。我々がお聞きしたい……というよりこれは提案なのですけどぉ」

「提案……ですか?」


 さらに蔦絵の警戒度が高まる。きっと沖長たちを利用しようとしているとでも思っているのだろう。事実、そうかもしれないので沖長としても何も言えないが。


「は、はい。その……例のヨルという名の少女ですが、今後も札月くんたちに接触してくると思われるのですぅ」


 当然その可能性は高いが、それは沖長というよりもナクルにと言った方が正しいだろう。


「向こうの狙いが明確に定まっていない以上、得体の知れない勇者と不意に接触するのは避けるべきかとぉ」


 得体の知れない……?


 その言葉に違和感を覚えた。国家組織ならばすでにヨルがどこに所属しているか知っているはず。そしてそのトップが誰なのかを。

 しかし今の発言は、彼女の背後を認知していないようにも取れる。それはおかしい。なら真相は、恐らくこの場にいる蔦絵への配慮の可能性が高い。

 ヨルのバックにいるのが彼女の父であることを伝えることが憚られたのだろう。


 間違いなく蔦絵と恭介の関係は知っているはずだし、その仲も芳しくないことも調べ上げられていると思う。そんな中で恭介の名前を出せば、蔦絵が怒りに任せて暴走するとでも考えたのか。あるいは沖長たちが伝えていないのに、自分が一方的に伝えることに躊躇われたのか。真実は分からないが、少なくとも気遣いあっての言葉だということを、何となく察することができた。


(悪い人じゃないんだろうな、この人。それに……あの人も) 


 脳裏に浮かび上がるのは、以前あるみと一緒に日ノ部家に訪れた【異界対策局】の局長である國滝織乃だ。彼女も少々強引な気があったが、それでも心の底から国を思っているようであったし、時折申し訳なさそうな視線を沖長やナクルに向けていたことからもそう感じた。


 ただそれでも組織に属しようとは思わない。あくまでも彼女らは一社員であり、その上に絶対的権力を持つ存在がいる。そのせいで彼女たちに意に反するような行為も是として実行しなければならないこともあるだろう。 

 それは国を、民を、そして組織を守るためにという信念のために。


 別にそれが悪いわけではない。国家組織としてはそれが正しい在り方なのだろう。しかしそのせいで犠牲になる側はたまったものではない。故に個人個人に好感を持てても、全容の知れない組織に身を置くのは危険過ぎるのだ。


 特にナクルのような子供ならば猶更。いろいろ未成熟だからといって手軽に利用されかねないし、もしそんなことになったら日ノ部家に連なる者たちと【異界対策局】とで全面戦争に発展しかねない。それだけは避けねばいけないことである。


「そんなことを言って、この子たちをあなた方の都合の良いように利用しようと企んでいるのではないでしょうか?」


 まさしくストレートの剛速球。いきなりそんなことを言うのは失礼に当たるかもしれないが、沖長たちを守る姉役としては引くわけにはいかないようだ。


「そ、そんなことはありません! ですが相手はもしかしたら手段を選ばずにその……子供たちを傷つけるかもしれません! ですから……」

「ご心配なさらずとも、この子たちの周りには頼りになる存在が大勢います。それにこの私も……。もし何者かがこの子たちに牙を剥けるというならば、全身全霊をかけて打ち砕きます」


 真っ直ぐ、一切の澱みのない言葉。思わず感動すら覚えるほどに、まるで物語の主人公のようで。

 ナクルもそんなカッコ良過ぎる蔦絵を見て瞳を輝かせている。


(けどやっぱ、俺らの保護が目的だったか)


 蔦絵の気迫に圧されて悲痛な表情を浮かべているあるみに視線を向ける。

 正直、彼女が接触してきた理由については想像がついていた。恭介に戦力を奪われる前に、自分たちが保護という名目でも引き入れておくべきだと判断したのだろう。もしここにいるのがナクルだけだったら、あるみの素直な想いと今後の対策のためにも受け入れたかもしれない。


 しかしあるみの不運は、ここにイレギュラーである沖長や蔦絵がいることだ。この壁を突破するのは、あの石堂紅蓮を改心させるくらいに困難なことではなかろうか。ハッキリ言って沖長でも不可能と言わざるを得ない。


「っ………………分かりました。前回に引き続き、お時間を戴いてしまい申し訳ありませんでした」


 あるみは丁寧に頭を下げると、会計票を持ってその場から去って行った。



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