第175話
その日、沖長とナクルは、放課後の帰宅途中、またも新たなイベントに遭遇してしまっていた。
帰路を歩いていると、突然目の前に黒塗りの車が停止した。それだけなら別段気にする必要はないが、そこから素早く出てきた黒スーツの男たちを見て反射的に沖長は身構えたのである。
何せどこかで見たような恰好をした連中だったから。それを示すかのように、後から出てきた人物を見てやっぱりかと内心で思った。
「あ、あのぉ、お久しぶりです~!」
沖長たちの目前に立ったその人は、子供相手にもかかわらず深々と頭を下げながら挨拶をしてきた。
「……大淀さん、でしたっけ?」
【異界対策局】に務める現場責任者という立場にある大淀あるみだった。
沖長の言葉に対し、あるみは少し嬉しそう「覚えてて頂けたんですね~!」と朗らかに笑う。
こうして見ると、とても国家を背負うような事業に従事したお堅い職業の人に見えない。保母とか介護士とかの方が彼女に合っているように思う。
しかし見た目で誤魔化されてはいけないと警戒を緩めることなく、一体何の用事が尋ねた。すると先日の件でと言われ、当然その内容について聞いてみた。
どうやら彼女と同じ組織に所属している勇者――戸隠火鈴が迷惑をかけたから謝罪を込めて挨拶にきたということらしい。
本当はこのまま沖長の自宅へ向かおうとしていたが、途中で沖長たちを見かけたので声をかけるに至ったというわけだ。ちなみにすでに水月の方へは謝罪に行ったとのこと。いちいち律儀だと思うが、これが社会人としては当然の対応なのかもしれない。
「なるほど。けど気にしなくていいですよ。別にこっちに被害が遭ったとかってわけじゃないですし」
「そう言って頂けると嬉しいです~。あ、でもせっかくなのでお詫びの印としてこちらをお持ち帰りしてくださると幸いですのでぇ」
そう言って紙袋に入っていた包みを手渡された。ずっしりと重いが、一体中身は何だろうと首を捻っていると、
「和菓子の詰め合わせですよぉ。あんこたっぷりでぇ、と~っても美味しいんです~。私も大好物で~」
別にあるみの好物は聞いていないが、気を遣わせたようで逆に申し訳ない気持ちになる。一応感謝の言葉を述べつつ紙袋ごともらうことにした。
「それとぉ、少しお話したいことがあるんですけどぉ…………いいですかぁ?」
「……もしかしてそっちが本題だったりしません?」
「えっとぉ……そんなことは……あはははは」
隠しもしない。いや、できていない。これほど表情に出る人物が、現場責任者でいいのだろうかと疑問が浮かぶ。
「……はぁ。ナクルも一緒でいいんですか?」
ナクルだけ帰宅させることもできるが、もしかしたら沖長は囮でナクルが一人になった時に別動隊が接触なんてこともあると考慮しての提案だ。
「それと、親に報告も」
「……構いませんよぉ」
間があったということは、あまり望まない展開なのだろう。残念ながらそうそう向こうの思い通りに動くわけがないのだ。
沖長は修一郎に電話をすると、すぐにあるみに変わってほしいと言われたのでスマホを彼女に渡すと、何やら一分ほど会話した後にスマホを返してきた。
修一郎から承諾を得られたということで、近くの喫茶店に入ることになったのである。
「――へぇ、お姉さんって弟さんがいるんスね! 羨ましいッス!」
喫茶店に入ってしばらく、奥の席を陣取った沖長たちだが、すでにナクルはあるみと打ち解けたかのような談笑を楽しんでいる。
あるみもおっとりとした性格ながらも、ナクルの質問に素直に答えていて、最近思春期に入った弟に困っているといったようなことを話していた。
そこへナクルの目の前に上手そうなモンブランとココアが届き、彼女はそれらを見て目を輝かせる。当然あるみの奢りなのだが、ナクルの食いつきを見て微笑ましそうにするあるみが、「どうぞ頂いてくださいねぇ」と言うと、ナクルも遠慮なく口にし始めた。
沖長はコーヒーだけを頼み嗜んでいるが、その最中にも周囲への警戒は怠らない。そんな沖長の態度を察したのか、
「そんなに怖い顔しなくても、何もしませんよぉ」
などと間延びした声音をあるみが飛ばしてきた。
たとえ修一郎が対話の許可を認めたとしても、相手は強い権力を後ろ盾にした組織だ。油断した隙に何をされるか分かったものではない。
もっとも原作から考えて、あるみ自身が子供相手に傷を与えるようなことをしないことは理解しているが。
(大淀あるみ……二十三歳という若さでありながら、その手腕を買われて国家の秘密組織である【異界対策局】の現場責任者を任された人物。まあ、本人の性格は見た目とギャップはないみたいだけど)
ただしあくまでも原作ではの話。この世界で彼女が原作通りの性格だとは確定できない。何せイレギュラーが山ほど起こっているのだ。警戒しておくに越したことは無い。
「……そういえば火鈴、今日はいないんですね?」
「本当は連れてくるべきだったんですけど、急に局長案件が入りましてぇ。そっちに駆り出されちゃってしまいましてぇ」
「……それってダンジョン関係ですか?」
「いえ、局長がある場所へ向かいますので、その護衛にですねぇ」
ある場所……?
ダンジョン関係ではなく、勇者を護衛として率いて向かう場所というのが気になった。
つまりそれほど危険性の高い場所に行くということ。
あるみは今もニコニコと笑みを絶やさないので表情から読むことができないが、これ以上は語ってくれそうにないと直感した。だからそろそろ本題に入ってもらうことにする。
「では――」
そう言葉にしようとした直後に、店の入り口が開き、入ってきた人物が足早にこちらへと向かってきた。
「!? ……蔦絵さん?」
現れたのは我らが頼れるお姉さん、七宮蔦絵であった。
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