第174話
ナクルと蔦絵、どうやら沖長が大悟に修練をつけてもらっていると聞いて様子を見にきたらしい。
二人も修一郎に課せられた修練をしているはずだが、聞けば修一郎に急用が生じたということで、途中で切り上げてこちらに合流しようという話になったという。
ただちょうどこちらも終わったことを告げると、ナクルは少し物足りなさそうにしていたが、だったら一緒にプールで泳ごうということになり、すぐに機嫌を良くして泳ぎ始めた。
ちなみに一緒にとは言ったが、沖長はまだ疲弊し切っているのでプールサイドに座ってナクルを見守っている。
大悟は腹減ったからと言って飲み屋街の方へと向かっていった。
「オキく~ん! これ見て欲しいッス! バッタフライ!」
「はは……バタフライな」
それではバッタを香ばしく揚げた昆虫食になってしまう。想像しただけでちょっと気分が悪くなった。まったくどうしてくれるというのだ。
(にしてもちゃんと形になってるところはナクルの凄いところだよな)
正直バタフライは難しい。大人でも習得するには大分時間がかかるのだから。それをナクルは器用にもしっかりとした形になっているしスピードも出ている。運動神経においてはナクルに勝てそうにない。
「沖長くん、はいこれ」
「え?」
ぼ~っとナクルを眺めていたところに蔦絵が近づいてきてスポーツドリンクが入った水筒を手渡してきた。反射的に受け取るが、思わず身を固めてしまう。
何せ目前にいたのは、黒い水着だけを装着した露出多めの姿をした大人のお姉さんなのだから。
しかも蔦絵はルックスは抜群で、今すぐにでもモデルとして大成できるほどのぽれテンシャルを持っていると推察される。
特にそのふくよかな胸部は、思わず視線に困ってしまうほどの迫力を持ち合わせていた。
「あ、ありがとうございます」
誤魔化すように視線をキョロキョロと動かしつつスポーツドリンクで喉を潤す。
「修練の後はちゃんと水分とらなきゃダメよ。水練だからといっても確実に汗はかくんだから」
「は、はい、その……気を付けます」
前世の人生を振り返っても、これほどの美人が水着姿で接近してきたことはない。というよりそういうキラキラした人生とは縁が無かったと言ってもいいが。
普段の修練ならば慣れているが、こうした状況は正直に言って照れ臭くなってしまい居心地が悪い。もちろん嫌というわけではない。ただただ慣れていないこともあって思考が定まらないので戸惑ってしまうだけだ。
「ふふ、ナクルったらあんなにはしゃいで。ああして見てると、日本でも数えるほどしかいない勇者の一人だなんて思えないわよね」
「そ、そうですね」
何故か彼女はそのまま隣に座ったので益々動悸が激しくなる。やはり生まれ変わっても、綺麗なお姉さんというのは、男としてドギマギしてしまう相手らしい。
「どうだった? 大悟さんの修練は?」
「え? あー……めちゃんこ厳しかったです、はい」
「やっぱりそうなのね。師範が大悟さんは修行バカって言ってたから多分そうじゃないかなって思っていたわ」
実際大悟は今でも毎日の修練を欠かさないらしい。また仕事がオフの時は、それこそ一日中山にこもったりして己を鍛えることもあるのだとか。一体彼はどこに向かっているのだろうかと思わないでもない。
「水練は全身を鍛えられるし、とても考えられた修練法よ。私も子供の時によくしていたわ」
事実、子供に習い事をさせるならば何が良いかという問いに対し、水泳と答える人が多いと聞く。特にスポーツ選手で名を馳せるような人物で幼い頃に水泳をやっていたという話は多々ある。
体力、気力、柔軟性など、水泳は全身をくまなく使うために満遍なく鍛えることができるらしいのだ。そこで培った経験は他のスポーツにも活かせるようで、スポーツ科学の面から見ても推奨されている。
「まあやり過ぎは逆効果だけれどね。けれど沖長くんみたいな子だったら問題ないか。だって子供と思えないくらいにタフだもの」
「はは、まあ身体だけは丈夫なので」
「でも無茶はしちゃダメよ? 少しでも身体に違和感があったらすぐに言うこと、いいわね?」
グイッと顔を近づけながら言ってくるのは止めて欲しい。思わず視線が胸の方へ向かいそうになりながらも「は、はい!」と誤魔化すように高らかに返事をした。
するとそこへ――。
「あっぷ!?」
突然顔に水がかかった。
見ると、いつの間にか目の前に頬を膨らませたナクルがいた。
「オキくん! 蔦絵ちゃんばっか見惚れてちゃダメっス!」
「え、あ、いや……別に見惚れてたわけじゃ……」
「あら? 私は沖長くんにとって魅力がないのかしら?」
まるで誘うような声音で問いかけてくる蔦絵。
「ち、違います! 蔦絵さんは魅力があるというか、魅力があり過ぎて困るというか」
「んふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」
微笑みながら頭を撫でてくる。沖長の顔に熱がこもっていることが一目見て分かるほどに真っ赤に染まっていた。
「むむむぅぅぅぅ!」
それをハリセンボンみたいな顔をしたナクルが睨みつけてきていた。
「もう! オキくん! 今度はボクに構ってほしいッス!」
そう言いながら腕を引っ張ってくる。
「わわ! ちょ、ナクル! 引っ張るなって!」
「そうよナクル? いきなりそんなことをしたら危ないわよ?」
「そう言いながら蔦絵ちゃんもオキくんの腕をガッツリと掴んでるじゃないッスか!」
そうなのだ。だから直接胸の感触が伝わって……。
「オキくん! だらしない顔しないッス!」
「いやしてねえって!」
していてもこれは仕方がない。耐性がない男子にとっては強力過ぎる攻撃なのだから。
「蔦絵ちゃんも、オキくんをこれ以上ユーワクしないでほしいッス!」
「ふふふ、誘惑かぁ。ねえ沖長くん。お子様のナクルより、大人の私の方が良いわよね?」
「え? ええ?」
何やら楽しそうにからかい始めた蔦絵。
「むぅぅぅぅぅ! オキくんは子供だから子供のボクと一緒が一番ッスよ!」
「そんなことないわよぉ? 大人の女性にリードされる方が良いって男の子だっているはずだもの。ねえ、沖長くん?」
フッと耳に息を吹きかけてきて背筋がぞわりとする。同時に心臓が高鳴り全身が熱くなってきた。
「て、ていうか二人とも! 落ち着いてくれぇっ!」
「嫌っス!」
「ふふ、い・や・よ」
どうやらこちらの要望は素直に通りそうになかった。
「勘弁してくれぇぇぇぇぇっ!」
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