第171話

 インターホンが鳴ってしばらくすると、こちらに近づいてくる気配を感じながら黙して待っていると、突然庭に面している障子が勢いよく開いた。

 そこにいた人物を見て、沖長は思わず「あ!」と声を上げ、その者の名を口にする。


「だ、大悟さん!?」


 ――籠屋大悟。以前日ノ部家と一緒に温泉旅行に出かけたことがあるが、その時に世話になった旅館の大将である。


 見た目は誰も寄せ付けないほどの強面顔さと威圧感を放っているが、意外にも面倒見が良くて沖長とナクルも世話になった。

 そんな人物が派手なポロシャツと短パンを着用した状態で登場したのである。


「よぉ沖長、久しぶりじゃねえか。元気にしてたか?」

「は、はい! えっと……」


 説明を求めたくて、挨拶をしてきた大悟から修一郎へと視線を向けた。すると修一郎は微笑を浮かべながら、「彼がそうさ」と口にしたのだ。


「……まさか助っ人、ですか?」


 沖長の問いに対し、修一郎が首肯する。一体誰を呼んだのかと思ったが、まさかあの山奥の旅館から大悟を呼び出すとは思っていなかった。


「ほれ、土産だ」


 早足で沖長の傍までやってきた大悟が、手に持っていたビニール袋を渡してきた。受け取って中を見ると、そこには子供が喜びそうな玩具が複数入っていた。


「あ、ありがとうございます、大悟さん」


 ハッキリ言ってあまり嬉しい土産ではないが、それでも気を遣ってくれたことに関してはしっかり礼を言っておく。

 すると大悟が、修一郎の方へ身体を向けてそのまま座り込む。


「んで、男二人で何話してたんだよ?」

「おいおい、いきなりだな。少しは長旅の疲れを癒そうとか思わないのかい?」

「けっ、てめえが俺を呼びつけるなんて普通じゃねえだろうが。それに遊びに来たわけじゃねえんだ、さっさと本題に入りやがれ」


 相変わらずのせっかちぶりだが、こちらとしてもありがたい申し出だ。大悟の強さは修一郎のお墨付き。過去のダンジョンブレイクでも活躍したそうなので心強いものを感じる。

 修一郎から、昨今に起こった出来事を掻い摘んで教えてもらった大悟は、元々険しい顔つきをさらに険しくさせた。


「ちっ……よりにもよって妖魔人ユンダかよ。それに加えて恭介のクソ野郎がナクルを拉致しようってか? かぁ……相変わらずてめえの血筋はどうなってんだよ? 大人しく暮らせねえのか、ああ?」

「はは、俺たちは何もしてないんだけどなぁ」

「そんなだから『渦巻き一族』って言われんだよ」


 こちらが意図していないにもかかわらず、次々とトラブルを引き込んでしまう体質。それを揶揄って『渦巻き一族』と周りは呼ぶ。


「あの、大悟さん。大悟さんもユンダのこと知ってるんですよね?」

「まあな。この野郎と一緒で喧嘩したこともあるしよぉ」

「ケンカって……それで、やっぱり強かったですか?」

「……腐っても妖魔人だぜ。ブレイヴオーラを持ってねえ俺やコイツには、足止めできても倒すことはできねえ」


 それはつまり倒すことはできなかったということ。


「けどよぉ、それを抜きにしてもヤツは強え。妖魔人の中でもトップクラスだろうよ」


 そう、妖魔人は何もユンダだけではない。

 妖魔を統べる存在のことを妖魔人と呼称するが、その存在は最低限でも妖魔千匹に相当する戦闘力を持つと言われているらしい。


 中でも妖魔人ユンダの強さは上位であり、かつて修一郎と大悟も死闘を繰り広げたが、結局完全に討伐することはできなかったとのこと。


「当時の勇者も倒せなかったということですよね?」

「そうだね。時の勇者として活躍した者たちは、全員が妖魔人よりも恐ろしい存在と戦っていたから」

「それって……」

「魔王…………の、欠片だ」


 大悟の言葉に思わず眉をひそめて「欠片?」と問い返した。


「妖魔人の連中が望むのは魔王の復活だ。けど当時、奴らは復活させるところまではいかなかったらしいぜ」

「うん。何でも復活のためのエネルギーが足りなかったようでね。けれどそれでも蓄えたエネルギーを使って不完全ながらも復活を試みた結果、生まれたのが〝魔王の欠片〟と呼ばれた存在だったんだよ」


 つまりは完全体である魔王ではなく、あくまでもその力を一部引き継いだ存在だったという。


「けどま、それでも俺ら人間にとっちゃバケモンだ。何せ何人もの勇者は殺され、結果的に生き残ったのは二人だけ。俺らみてえなオーラ使いもバカみてえに殺されちまったよぉ」


 殺された者たちの中には、当然ながら修一郎たちと同格以上の強さを備える者もいた。それでも魔王の欠片に容易く命を奪われてしまったのだ。


(とんでもねえな、魔王ってやつは……)


 欠片でさえ常軌を逸した存在だ。もし完全体だったらと思うとゾッとする。恐らく今頃はこの世界は存在していない可能性があったのだから。

 多くの被害を出しながらも、当時の勇者たちは多くの者たちと力を合わせて魔王の欠片を討伐するに至った。それと同時に、それまで活動していた妖魔や妖魔人もまた、ダンジョンとともに姿を消したのである。 


 こうして日本を、いや、地球を滅ぼしかねない未曽有の危機を救ったのだ。まさにそれは英雄の所業と呼べるだろう。


「じゃあ今頃ユンダが出てきたのは……」

「当然、魔王復活のためだろうぜ」

「大悟の言う通り、俺もそう思う。しかし魔王復活にはかなりの時間がかかることも事実だ」

「……その魔王を復活させるエネルギーというのは?」


 本当は知っているが、ここで尋ねないと不思議なので質問を投げかけた。


「ダンジョンにはコアがあることは知っているね?」


 修一郎の問いに対し「はい」と頷く。


「そのコアには膨大なエネルギーが蓄積されているんだけど、妖魔人たちはそのコアエネルギーを欲しているんだ」

「ダンジョンコアの?」

「そう。ただしそれは普通のダンジョンコアじゃない」

「……普通じゃないとはどういうことですか?」


 少し間を開けた後、修一郎は二人の視線をその身に受けつつ答える。


「奴らが欲するのは、勇者が持つダンジョンコアのエネルギ―なんだよ」



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