第170話
「――――なるほど」
沖長の目前で腕を組みながら低い声で絞り出すように声を吐いたのは修一郎だった。壬生島このえの自宅で掴んだ情報により、ナクルに降りかかるであろう危険を伝えようと彼女の家へ向かい、すぐさま修一郎に話があると時間を取ってもらったのだ。
ちなみに日ノ部家の女性勢は夕食の準備をしている途中であった。
修一郎の表情は明らかに困惑していて、話を聞いている最中でも彼の中に怒りが込み上げているであろうことは理解していた。
先日の妖魔人の件もそうだが、何せ今回は直接ナクルに被害が出る危険度が高いからだ。しかもその原因が、かつてともに日本をダンジョンブレイクから救うべく戦った仲間というのだから頭を抱えたくなってもおかしくはないだろう。
「まさか国家防衛の立場にある者が、たった一人の幼い少女を拉致しようだなんて……」
「あ、でもまだそうと決まったわけではありませんよ? あくまでもその可能性があるってことで」
沖長も辻褄は合っていると感じているが、実際にそうなるかは起こってみないと分からない。
「……そうだったね。けれどそのヨルって子がナクルを探してたのは事実だろ? しかもその子は恭介さんが差し向けたと」
「差し向けたかどうかは……ただ、防衛大臣の手の者だってことは確かみたいですけど」
「……まあ問答無用に拉致するかどうかは分からないが、少なくともナクルを自分の手元に置こうという考えがあるのは明白だしね」
実際に初めて恭介と会った時は、そんなやり取りがあったのだから不思議ではない。
ただ本当に拉致をしたらそれは犯罪であり、バレれば恭介にとっても不利益しか生まないはず。恐らくはあの手この手を使い、ナクルを自身のもとまで誘導させる目的だったと思われる。
そうして言葉巧みにナクルを自分の組織に引き込むといったところか。
ナクルが自分自身でそう決めることは無いと思いたいが、向こうは若くして防衛大臣にまでなった海千山千の手練れだ。魑魅魍魎渦巻く政治の世界でのし上がったその手腕を活かし、ナクルを篭絡してしまう可能性だってある。
ナクルはまだ純粋で何色にも染まる。仮に人質を取られでもしたら、きっと彼女は言うことに従うだろうし、何もかもを自分一人で背負うことも厭わないはず。事実、原作ではそういう純情なところを利用されることも多々あったらしいから。
「はぁ……頭が痛いね。このことを蔦絵くんにどう伝えたものか……」
自分の父が、最早家族同然で愛する妹分を拉致しようとしていると知ったら……。
「今すぐにでも飛び出していきそうですね」
沖長の考えが的を射ていると感じているのか、修一郎は深く溜息を吐くだけだった。
「じゃあしばらくこのことは彼女たちには秘密にしておきますか?」
「……本来は話した方が良いのだろうけどね」
ナクルや蔦絵のことを蔑ろにしないためにも話すのが正しいことだと認識しているが、ナクルはともかく蔦絵に話せば、本当に先ほど考えた通りのことをしでかす可能性が高いので躊躇してしまうのだろう。
それに今の時点で蔦絵が恭介に会いにいくのはトラブルしか生まない。ナクル拉致に対しまだ確固たる証拠はない以上、向こうは知らぬ存ぜぬを貫くはずだ。それに下手をすればそのまま蔦絵が捕縛されかねない。何せ恭介は蔦絵も手元に置こうとしているのだから。
「……! そっか、もしかしたら」
「どうしたんだい、沖長くん?」
「あ、いえ……もしかしたら防衛大臣の狙いはナクルと蔦絵さんを同時に引き込むつもりでは?」
「! ……確かに一連の流れを考慮すると、その可能性は高いね」
「ナクルを狙っていることを知れば、必ず蔦絵さんは行動を起こします。その足ですぐにでも防衛大臣に会いに行くはず」
「そしてまんまと誘き出された彼女は、そのまま引き込まれてしまう……か」
「はい。ナクルと一緒に手にできれば最良。そうでなくてもどちらか一人でも獲得できればと考えての行動だったのかも」
そもそもよく考えればおかしな話だ。
ナクルを拉致しようとしたいなら、それこそ大っぴらな行動なんて逆効果だ。あんな堂々と目立つ容姿を持つヨルに、ナクルを探しているという話をさせて回らせるなんて不格好過ぎる計画だ。今回のようにそれは必ずどこかでバレてしまう。
しかしバレることも計画の内で、その噂を広めて蔦絵の耳に届かせる目的が孕んでいたとしたら?
そうして彼女が自分自身で恭介のもとへと向かわせるという狙いがあったするなら、ヨルの行動にも納得がいく。
「それにしてもよく分かったね。さすがは沖長くんだ」
「はは、たまたまですよ。ただ頭が良いはずの防衛大臣にしては杜撰な方法をしてるなって思って」
「うん、俺も君の考え通りだと思うよ。ただそうなれば、本当にそれだけなのかという疑問も新たに湧いてくるが」
そうなのだ。もしかしたら他にも狙いがあるかもしれない。
「…………【異界対策局】に対しての牽制も含んでいるじゃないでしょうか?」
「ふむ、何故そう思うんだい?」
「今回の件、たまたま俺がヨルと遭遇したから早期に対応できましたけど、本来はもう少し時間がかかったはずです。それこそ噂が広がり蔦絵さんの耳に入っていたかもしれません」
「そうだね。そこは本当に運が良かったとしか言いようがない」
「はい。そこで噂が広がった後のことを考えたんですけど、当然【異界対策局】にも知られますよね?」
「だろうね。彼らはこの街の、ひいては日本国を守護するための組織だ。貴重な戦力であるナクルが誘拐されるかもという噂を聞けば何かしらの行動を起こすだろう」
「その通りです。もしかしたらそうやって【異界対策局】を刺激して、何かしらの反応を期待したのでは?」
「反応?」
「正直どんな反応を求めているかは防衛大臣にしか分かりませんが……」
「なるほど……聞けば聞くほど、あの人がが様々な考えのもとに今回動いている可能性があると思えてくる。そうだ、そもそも彼は俺とは違い謀略に強いからね」
「ただこっちの考え過ぎってこともありますけど。とにかく防衛大臣が何を考えてようと、ナクルと蔦絵さんを守らないといけません」
「もちろんさ。先日の妖魔人のこともそうだが、これからどんどん事態が動いていくような気がするんだ」
「……俺たちだけで対処できるでしょうか?」
原作ではナクルは【異界対策局】という大きな後ろ盾があった。しかしこの世界では自分たちしかいない。それが若干の不安を煽ってくる。
「大丈夫さ。それに頼もしい助っ人も呼んであるからね」
「助っ人?」
するとそこへ狙ったようなタイミングでインターホンが鳴った。
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