第169話
『オキくん? どうしたんスか? もしかして何かあったんスか!』
「あ、悪い悪い。何でもないって。九馬さんを無事に送り届けたから一応連絡しとこうって思ってな」
『なぁんだ、それならメッセージを送ってくれるだけで良かったッスのに。えへへ、でもオキくんの声を聞けてボクは嬉しいッスけどね!』
その言葉だけで心が温かくなる。やはりこの子の笑顔を守りたい。絶対に悲劇に歪めたくはない。しかし現在そんな彼女に迫る暗い影がいる。
沖長はもうすぐ帰ることを伝えて通話を切った。
「ふむ、ナクルは無事のようじゃな」
「ああ……マジで焦ったわ。けど……」
「そうじゃのう。もしこのえの言うように、七宮恭介が問答無用で拉致を狙っておるのであれば警戒は必要じゃな」
しかしさすがは物語の主人公。本人が何もせずとも周りが勝手に接触してきてトラブルを発生させてしまうようだ。
だがヨルという少女は強い。ナクル一人では抵抗虚しく捕縛されてしまうだろう。
とりあえずこのことを修一郎たちにも告げて対策を考えることにする。
「それにしても勇者を育てる施設……か」
「何じゃ、興味があるのかえ?」
「ん? あ、いや……そんな施設があるなら、結構な数の勇者とか候補者が育ってるんじゃないかってな」
「それは難しいのう」
「どういうことだ?」
「確かにあそこはダンジョン攻略を目的とした勇者やその候補者を育成する場所ではあったが、そもそも全員にその資質があるかといえばそうではないしのう」
千疋曰く、そこに集められた者たちの多くは行き場所を失った連中ばかりだという。いわゆる児童養護施設育ちや、海外での戦災孤児などを引き入れて育てている。
さすがに今回のように大っぴらに拉致などを頻繁に行えば、すぐに明るみに出て問題化してしまうだろう。七宮恭介も糾弾され下手をすれば解任だけでなく真っ直ぐ刑務所行きだ。
それに勇者としての資質があるかどうかは、実際にダンジョンに入れるか否か、そしてブレイヴオーラを扱えるか否かでしか判別できない。
つまりダンジョンが発生するまでは、数打てば当たるかもという考えのもと、多くの人材を手広く引き込むことしかできないのだ。
「ワシが施設に居た頃は、当然ブレイヴオーラを発現できるのはワシだけじゃったし。あの戸隠の娘でさえ、その頃は未定のカテゴリーに入っておったわい。じゃからあやつが勇者として育っておったのは正直いって驚いたもんじゃよ」
千疋が認知している勇者は、今のところ施設内では火鈴ともう一人だけだという。
かなりの数の人数が収容されていたが、その程度しか勇者の存在を知らない。千疋の言う通りだとするなら、勇者というのは世界的にもマジで稀少らしい。
「じゃあ【異界対策局】にいる勇者は今のところ火鈴だけってことか?」
「……この時期だとあと一人……それに候補者は……二人いたはずだわ」
やはり原作知識は大きい強みだ。このえのお蔭で【異界対策局】の戦力が丸裸である。
「ふむ、さすがはこのえじゃのう。すでにそれほどの情報を得ておるとは」
千疋は幼馴染の手腕を褒めているが、調べたわけではなく知識として知っているだけとうこともあり、このえはどことなく申し訳なさそうな雰囲気だ。
「なら防衛大臣の方は? ヨルって他にもいるのか?」
気になったのでもう一方の戦力を尋ねてみた。
「今はまだ……ヨルだけ。けれど……候補者……オーラ使いは結構いるはずよ」
オーラ使い=候補者というわけではないが、一般人と比べて強者であることは間違いない。しかも普段から厳しい訓練をこなしている連中が多いとのことで、単純な戦力でいうと一歩リードしているとのこと。
「というか同じ国家を守る立場にあるのに、総理がトップの【異界対策局】と防衛大臣がトップの組織は手を取り合ってないんだな」
「それは……そうよ。総理は国家を守ることに従事していても……七宮恭介の目的は別にあるもの」
「そういや七宮恭介の目的は知らないな。一体何が目的で勇者を育ててるんだ?」
「それはダンジョンを攻略するためじゃろう?」
「まあ、そうだとは思うけど、攻略して何がしたいってことだよ」
「ふむ……貴重な素材を求めておるとか、かのう?」
確かにそれは有り得る。ダンジョンの素材は地球にとって未知の存在であり、使い様によっては現文化レベルを一気に向上させるほどものもあるという。
「〝ノーマルダンジョン〟にはあまり期待できる素材はないが、〝ハード〟や〝デビル〟といった上級にもなると、その素材一つで莫大な利を生み出すことのできるものも存在するしのう」
「ふぅん、例えばどんなのがあるんだ?」
「《
「おお、マジか。それは確かに欲しいな」
つまりそれ一個あれば、個人だけで使用するなら一生電気に困ることがなさそうだ。いや、詳しく計算しなければ分からないが、かなりの電気代が浮くだろう。
少し楽しくなってきたので、他にどんなのがあるのか聞いてみた。
すると出るわ出るわ。ほとんどのものがまさにファンタジーというべき効果や効能を持ったものばかり。
塗るだけで瞬く間に傷が塞がる液体や、半永久的に風を吐き続ける植物に全身が金剛石で構成された動物なども存在し、さらには寿命を延ばすことのできる果実なんかもあるという。まさに人の夢を叶えたような理想郷がダンジョンには眠っている。
聞けば聞くほど、地球人がこぞってダンジョン攻略に臨んでもおかしくない魅力が詰まっていた。だからこそリスクがあれど、世界中の権力者たちはダンジョンの存在を秘匿し、並行して勇者の発見や育成に力を入れているのだろう。
「でもだとしたら七宮恭介は一体どんなものが欲しいんだろう?」
チラリとこのえを見る。もちろん原作を知っている彼女ならば知っていると考えてだ。
するとその視線の意味を察したようで、このえが静かに口を開く。
「多分……七宮恭介の目的。それは――――秘宝ね」
「! なるほどのう。確かに求めても不思議ではない……が、あくまでも伝説というか、ワシでも見たことはないぞ」
ダンジョンが初めて日本に出現した時、勇者として初代から活躍した十鞍千疋の知識のすべてを受け継いでいる現千疋でも噂程度しか知らない存在。
ただそれは必ず存在するということを沖長は知っている。羽竹からも聞いていたからだ。事実原作では秘宝を手に入れた人物がいたからである。
「伝説か……でも火のないところには煙は立たないって言うし、絶対に無いってことも言えないんだろ? 実際に俺と会うまでは、お前たちも探してたんだし」
「まあのう……じゃが、今にして思えば、本当にそのようなものが実際にあるとは到底思えんわい。どんな理想をも叶えることのできる秘宝……まるで神の力そのものじゃしな」
漫画やアニメに造詣があるなら、そういった代物が存在し、それを狙う者たちによる物語が描かれるのは珍しくない……が、確かに現代的に考えれば、そんなご都合主義的なものが在るというのは現実感が湧かないのも事実ではある。
「まあ、あやつの目的がどうであれ、このままでは主様の害に成り得るということは変わらん。何せあやつが真に日ノ部ナクルを拉致しようとしているとするならば、主様はそれを許しはせんじゃろ?」
「当然だ。そんなことを絶対にさせねえ」
「なら、ワシもそのように動くだけじゃ」
「……力を貸してくれるのか?」
「もちろんじゃ。ワシは主様の臣下。いや、主様を悲しませる者を放置しておくことなどできるわけがあるまい」
「ん……わたしも……あなたには恩があるもの」
「二人とも…………ありがとな」
まだまだ不明瞭なことも多いし、脅威に感じる存在もいる。けれどこうして力強い仲間がいれば何とか乗り切れるような気がした。
(ナクルは絶対に渡さないぞ、七宮恭介)
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